2025年8月28日木曜日

手術を振り返って -1-

 こんにちは。

記憶が消える前にここにできるだけ残しておきたいと思っているのですが、すでに今回の手術こと、術後の入院中のこと、退院時のこと、退院後のこと、そして再入院のこと、などなど記憶がどんどん消えてしまってます。Orz


出産経験はありませんが、出産を経験された方々がよくおっしゃるように、

「一人目の子のときはよく覚えているけど、二人目からのことはよく覚えてないわぁ」


とよく似てるような気がするのですが、10年前の手術のことはよく記憶に残っているのですが、今回の2回目の手術のことは1回目と重なってしまってほとんど記憶に残っていないのです。

時間が経てばどんどん今ある記憶も消えていくと思うので、消えてしまう前に少しでも記録としてここに残していきたいなと思っています。


手術当日は前回同様かなり早くに起床。

ただ今回は前夜に執刀医から電話があり、

「明日、5時までに来院するように言われたと思うけど、7時までに入ってくれたらいいからね」

と言われたので、前回より少し時間に余裕ができました。

4時に起床

5時過ぎに家を出発。

前夜から来てくれた友達Mちゃんの運転でお友達Sちゃんの家に立ち寄り、アーニーをドロップ。(入院中はお友達Sちゃん宅にアーニーのお世話をお願いすることができました)

アーニーにしばらく会えない寂しさを感じる間などなく、急いで病院へ。

病院に到着してからチェックイン。

手術開始時間が10時50分となっていました。


待合室で友達と待ち、名前を呼ばれて中に入り....


もうここから記憶がありません。T_T


前回の手術のときは手術室に向かう時に友達Mちゃんとハグをした記憶などが残っているのですが....

今回は手術室へ迎う前の待機室での記憶さえも残っていないのです。(服を脱いでガウンに着替えたことはなんとなく覚えているような。)

もちろん手術室も覚えていません。Orz


目が覚めたのは翌日。

目が覚めたとき、今回はひどく喉が渇いていた、ということはなかったのですが、前回と全く同じ部屋?と思うほどICUの部屋が似ていました。

とにかく全身浮腫んでいて、看護師さんに「目を開けて!」と言われても目を開けることができないほど顔も浮腫んでいて、目を開けれない代わりにに口を開けていたことを覚えています。(ふざけてたんじゃないからねっ!笑)

傍にはMちゃんが付いていてくれて、最初の食事としてゼリーやジュース、といったのど越しのいいものを少しずつ食べさせてくれてとても美味しかったのを覚えています。

全身は大量の管に繋がれていて、私のベッドの周りはいろんな装置だらけ。

24/7でモニターしないといけないものがたくさんあったのでしょう。


自分のベッドから向かって右側にソファがあり、友達Mちゃんが寝泊まりしながら介護してくれてました。


この「ICU OF THE ICU(ICUの中でもトップのICU」に居たときに、若い男性の看護師さんマリオさんがたくさんお話してくれていたことも記憶に残っています。笑

(どんな話をしていたのかは覚えていませんが。)

前回の手術ではこのICU OF THE ICU に20時間ほどしかおらず、すぐに通常のICUに移動となったのですが、今回はここに数日いたような気がします。気がしただけかな?!


手術に付き添ってくれたお友達Mちゃんの話によると

手術は12時頃に始まっただろうと思われ、終わったのは夜の8時頃だったらしい。(所要時間約8時間)

執刀医が術後に彼女に説明してくれたのは、


10年前と同じサイズの弁(今回は牛弁)を用意して取り付けたものの大きすぎて取り外さないといけないことに。そして小さい弁を再び取り付けるのに更に40分かかったとのことでした。


執刀医がMちゃんに見せてくれた今回取り外した豚の弁。10年間がんばってくれてありがとう!


無事弁置換手術が終わったのですが、血液が止まらなかったため胸を閉じることができず、その夜はそのままの状態でいったん中止となり、翌朝7時から手術再開。胸を閉じることができたそうです。

その胸を閉じたその日に「歩いてください」と言われて歩かされたような記憶が残っているのですが、いくらなんでもそんな「拷問」みたいなこと、ある???笑


そして通常のICUに移動となり、モニターしないといけない装置が少し減りました。


つづく



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