こんにちは。
先週のブログを読んで心配してくださった方々から個人的にメッセージをいただき、ちょっと反省してます。
と言っても、もうメンタルが崩壊してしまってどうしようもなかったので正直に吐き出させてもらったんです。
ここのブログではネガティブなことはできるだけ避けるよう心掛けているのですが、はやりあれこれ海外で女一人暮らししていると悔しいことがあったり、腹がたつことがあったり、また悲しくてどうしようもなくなったりすることもあるわけで、友達や家族でなくカウンセリングなどで遠慮なく吐き出せるところがあればいいのですが、いつもいつも可能でもないのでここの場をお借りしたというわけです。
そのためにご心配をおかけするになってしまいました。
でもね、「ごめんなさい」という言葉を使うより「ありがとう」と言いたいです。
まだまだ問題も解決していないし、状況も良い方向へと向いているわけでもなく、今もまだ心の中は悶々としていて、メールを開くのも、何をするのも憂鬱な気分で、お腹にずっと黒い虫が居座っているような気分なのです。
怒りと、悔しさと、みじめさと、情けなさと、虚無感と、悲痛と。
大好きなアメリカでの30年間の楽しい思い出が、昨年から続く今回の4つの件で色褪せ、白黒の思い出になったような、思い出したくない思い出に変わってしまった、そんな気分なのです。
年が過ぎるごとにアメリカでの生活がメンタル面でも身体的にもきつく感じるようになってきました。
アメリカだけが原因ではなく、きっと加齢も原因でしょう。だからアメリカにいても日本で暮らしていてもこの年々増していくしんどさは変わらないのかもしれませんね。
先週末、メンタルが崩壊し、何をしていても目から涙が溢れて仕方なかったときに、この心理を落ち着かせるために何かできないか、と時々聞く和尚さんのポッドキャストを開いてみました。
何か今の私に該当するような内容の相談内容はないだろうか、と。
すると引き寄せられたのか?と思えるほど今の私に話しかけるようなトピックの相談内容がありました。
~~~「正しさ」にこだわる人ほど人生が苦しくなる理由~~~
Listen on Apple Podcasts: https://podcasts.apple.com/us/
話の内容は・・・
生真面目で正義感の強い人ほど不正行為や道徳倫理に欠ける人に対する怒りの感情が強くなる。
その怒りの感情とは、「自分が正しい」と思い込んでいることにより沸き上がる感情。
物事に対してその怒りの感情をもって対応してはいけない。
と和尚さんが話しておられた。
なるほど。
私は昔から「バカ」が付くほど生真面目。融通が利かない頑固者。おだてられれば木に登り、「お人よし」もいいところで人にいいように使われる。
ズルをする人、人を利用する人、嘘をつく人、図々しい人、不公平をする人、自分勝手な人、相手を見て態度を変える人、が大嫌い。
だからこういう不正行為や自分のことしか考えていない自分勝手な人を見たり、聞いたりすると怒りの感情が沸き上がる。
たとえそれが自分のことでなくても。
それがたとえ上司であっても間違っていると思えば面と向かってはっきり言う。そして後で痛い目に合う。虐めの対象にされる。
昔兄とも大喧嘩してぼこぼこに殴られたこともありました。
正義感が強いといえばいいように聞こえるけれど、実際はこの「正義感」のせいでとても生きづらいのです。
昔から生きづらい、と感じてはいたけれど、それがなぜなのか正体がわかりませんでした。きっと日本のあの「窮屈さ」なのだろう、と思っていました。それもきっと理由の一つでしょう。
和尚さんのこのポッドキャストを聞いて納得がいったのです。
何もかも「正しさ」だけでは世の中が回らないこと。
すべてのことが「白と黒」だけではないということ。
時には「ま、いっか。」で流すことも大切であるということ。
私のこの生真面目さとバカが付くほどの正義感が自分を生きづらくさせていて、必要以上のストレスを生み出しているのだ、と55になって初めて気づいたのです。
女性であること、アジア人であること、背が低くて容姿が子供のようであること、英語がネイティブではなくアクセントがあること、などなどの理由で警察官に平等に扱ってもらえず、それらの理由だけで1月の事故が私の過失が原因だと証拠もないのに決めつけられ、犯罪者扱いされたこと。
これが「間違っている」「おかしい」という私の正義感が自分を苦しめていること。
でも確かに間違ってるし。(笑)
私は交通ルールを守ってきちんと運転してただけで、相手が後ろからぶつけてきたのですから。
車の保険会社から手紙が届きました。
「警察による記録では貴方の過失による事故と書かれているため、車の修理費、医療費、レッカー代は支払いません。」
おかしいよね。
「徐行」サインでスピードを落とすどころかスピードアップして乱暴な運転で後ろから私の車をぶつけた運転手には何の罪もなく、違反チケットもなし、罰金もなし、裁判所への出廷命令もなし、自分の保険を使わずに私の保険で車を修理できる・・
トラック運転手の運転履歴を調べてもらったところ、何度も違反運転などを繰り返し裁判所に呼び出されただけでも10件以上ありました。
出廷しないで済むスピード違反や駐車違反なども含むともっともっとありそうです。
証拠もなしに私に違反チケットを発行した警察官も警察官で、
「今までの僕の経験上から」という理由だったのですが、こちらも警察所で調べてもらったところ、「この警察官は今までに同じロケーションで同じ違反チケットを発行したことは一度もない」と言っていました。
見事な「冤罪」です。
この国では私のように小さな事件から大きな事件まで無実の有色人種がどれだけ冤罪を受けているのか、考えただけでも恐ろしいし、そんな人たちのドキュメンタリーを見たときはやりきれない気持ちになりました。
もうここアメリカで一人で戦っていく気力も体力もありません。
少しずつ日本への永住帰国の準備を始めようと思います。
心配してくださった皆様、どうもありがとうございました。
5月5日の裁判の日まで心穏やかに過ごせるようがんばります。






