2020年10月19日。
24年前の今日、大きな荷物を持って渡米してきた。
不安と希望で胸いっぱいの 25歳。もちろん独身。(笑)
1年間必死で英語を勉強し、自分にムチ打って英会話学校にも通ったけれど、最下位のレベル7Cから7Bへと1つレベルアップしただけ。
「一体これからどうなるんだろう?」
という不安よりも
「これからどんなに楽しい初体験が待ってるんだろう?」
という期待と希望の方が大きく、胸がドキドキしてた。
ペンシルバニア州のピッツバーグという街へ夜中に到着。
カーネギーメロン大学の附属幼稚園の園長先生が空港まで迎えにきてくださった。
あの時の静まりかえった夜中の空港の景色を今もはっきりと覚えている。
翌日、連れて行かれるがままに車で同行。
とにかく紅葉が素晴らしくて、当時はフィルム使用のカメラであちこち紅葉を撮りまくった。
厚手のトレーナーにスパッツ(今でいうレギンズ?)、くしゅくしゅソックス(これも 死語?笑)、スニーカー。
旅行でアメリカへやってきた時にはとても口にすることもできなかったお料理が、なんと美味しいこと!なんで?
『レッド(赤)』を発音することさえもできなかった私の英語レベルでなんとか1年間の幼稚園でのインターンを終え、9カ月経って一時帰国した時には体重が10キロ増↑。(怖)
見事に育った私を見た両親から
「あちらではそんなに幸せなのねぇ。^^;」
と丸々太った私を見て圧巻してた。
ハグの習慣を身につけて帰ってきた私が人生で生まれて初めて両親に抵抗なくハグをしたときは二人とも恥ずかしそうに歯に噛んでた。
ハグの習慣は素晴らしいと思う。
日本でももっと流行らせて欲しいと思う。(コロナでもう無理だけど。T_T)
一年で帰国します!
と約束して旅立ったあの日から今日で24年。
なんで今もここアメリカにいるんだろ?!(笑)!
帰国して欲しいだろう両親は絶対に「帰ってこい」とは強制しない。
私の気持ちと意思を今でも尊重し、遠くから心配しながらもずっと見守ってくれている親の気持ちを思うと涙が出てくる。
今は亡き母はずっと「帰ってきて欲しい」と願っていたと思う。
私も両親のために帰ろうかと何度も悩み苦しんだ。
でも母が他界した今でもまだここにいる。
そしてKさんと出会い、更に帰る可能性が低くなった・・・^^;
初々しかった24年前の私。
24年前の今日、24年後もまだアメリカで生活しているなんて誰が想像できただろうか。
小高い丘から眺めるテニスコート |
夢は必ず叶えることができる。
諦めてしまえばそこで夢は不可能になってしまうけれど、
頑張って夢に向かう努力を続ければ必ず叶うときはやってくる。
アメリカという国を選んだことで失ったものもたくさんあるけれど、24年前に戻ってやり直したいか?と聞かれればやっぱり通ってきたままの道を選ぶだろう。
だから自分の選んだ道、人生に一切後悔はない。
そしてこれからも後悔しない人生を歩んで行く、とここで誓い、これからの夢に向かって死ぬまで突き進んでいくことにしよう。
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