2025年10月7日火曜日

ノーベル生理学・医学賞-坂口教授受賞

 突然手術の話から話題が逸れてしまいますが、、、

日本では大きなニュースになっているのですでにご存じの方も多いとは思いますが、アメリカでは一切ニュースになっていないので(知らないのは私だけ?!)、ここで妹3が速報してくれた嬉しいニュースをシェアさせて頂きます!


なんと、阪大教授の日本人の坂口志文さんと米国の2研究者により、「制御性T細胞」というのを発見し、なんとノーベル生理学・医学賞を受賞されたとのこと。


リンク

https://mainichi.jp/articles/20251006/k00/00m/040/235000c


そのノーベル賞を受賞した内容はというと、

膠原病やアレルギーなどの「自己免疫疾患」などは、免疫が暴走して異物以外の正常な組織までも攻撃する病気であるのは皆さんもご存じ。

坂口教授らは、この暴走する免疫のみを抑え込む「制御性T細胞」を発見したとのこと。

T細胞は1995年に発見はされていたものの、その細胞の働きを解明した業績をたたえるということで今回三人の方がこのノーベル生理学・医学賞を受賞されたのです。

このT細胞の発見により、膠原病などの自己免疫疾患だけでなく、1型糖尿病や癌までも革新的な治療が期待されることになるらしい。

このサイトによると、すでに新しい治療薬の開発が進んでいると!!


ただ、今の米政権で多くのNIH(National Institute of Health)研究者が解雇されて今は人手不足。実際に新しい治療薬が許可されるまでにどれくらい時間がかかるのか・・・。

もっと早くに発見されていたら、両手も顎もここまで破壊されずに済んだかもしれないし、膠原病が原因との可能性があるこの心臓病も発症しないで済んだかもしれない。

いや、そんなことを言い出したらきりがない。

ということで、私が生きている間にこの細胞が発見されたこと、人生をこの研究に費やしてくださった三人の方々に心から感謝せずにはおれません。

さぁ、みなさん!これからの医療に希望をもって前向きな気持ちで乗り越えましょう!







2025年9月30日火曜日

再入院と抗凝固剤の服用開始 ー5ー

 つづき


もったいぶらせて申し訳ない。苦笑

そう、脚が浮腫んで金曜日のその日のうちに超音波検査を受けてください、という指示があって救急へ駆け込み、検査をしてもらったところ、なんと異常に浮腫んだ右脚の付け根のところには小さな血栓がいくつもできていたんです。

自分でもびっくりしました。だってそんなこと想像もしてなかったからです。

救急へ駆け込んで4時間以上が経っていて、ERのドクターから「今晩はここの病院で。」と言われ、「今晩だけなら」と思い、妹にはアーニーが待っている家に帰ってもらいました。

また入院か。Orz



ここの病院のドクターはすぐ経口抗凝固剤(血液をサラサラにするお薬)を開始するべきだ、というのに対して

心臓の手術をしてくださった執刀医は賛成ではない、と。


救急の病院の心臓医は、ならば動脈血管にフィルターを挿入することで血栓が肺や脳へ飛んでしまうのを阻止しないければ、と。

私は信頼している執刀医とこちらの病院とで話し合って、ベストな選択肢を決めてください、とお願いしました。

すると

「今から動脈にフィルターをいれる施術を行うので、手術室へ行きます」とのこと。

げ。いきなり??

と思ったので、

「執刀医と話し合って彼は納得したのですか?」

と尋ねると「はい」との返事が。


執刀医がオッケーを出したなら仕方がない。フィルターを入れてもらうことにしようか・・・と車いすを押されて手術室へ向かい、説明を受け、手術室で首の動脈を消毒してもらい、首以外はすべて覆われた状態で、あとは手術してくださるドクターが現れるのみ、という状態でしばらく待っていました。

すると、女性ドクターが現れ、わずかな隙間から、

「貴方の執刀医はフィルター挿入に賛成していないので、もう一度彼の意向を確認してくるので数分この状態で待っててね。」


と。

だから手術室へ向かう前に言うたし確認したやん!!

そしたら「はい」って言うたやん!!


数分後に彼女が戻ってきて、このフィルターを首の動脈に挿入するという施術はドタキャンとなりました。苦笑 (局所麻酔の予定だったので怖くてキャンセルになってちょっとほっとした!)


ということでこの日から毎日抗凝固剤「エリキュース」の服用開始となったのです。

毎日服用することでできてしまった血栓を時間をかけてくだいてくれる、とのことなので、三か月後に再度右脚の超音波検査です。

通常なら血液凝固剤と言えば「ワーファリン」。

母も機械弁を入れた心臓の手術後、このワーファリンを服用していました。

一生飲み続けないといけないうえ、ビタミンKの含まれた納豆やグレープフルーツ、緑黄色野菜はほとんど禁止。

そのうえ、頻繁に血液検査をして様子をモニターし、ワーファリンの服用量を調整しないといけない、という難しいお薬なんです。(エリキュースは20年ほどまえに開発された比較的新しいお薬で、その必要がないんです。)


そして母は血栓ができ、それが脳に飛んでしまって脳梗塞となり、他界するまで右半身不随の車いす生活となってしまいました。涙

これが私の「機械弁」を選ばず、「生体弁」を選んだ理由です。


今回の入院中も血液検査はもちろん、胸部、レントゲン撮影や超音波検査、などなど、たくさんの検査に加え、血液の比重が低いとのことで、今回もまた輸血をしていただきました。(whole blood transfusion)


二度目の病院で4泊入院して一応退院することができました。


入院食




入院中は日本からきてくれた妹ちゃん3が毎日お見舞いに来てくれ、
二人でげらげら笑いながら辛い入院生活も楽しく過ごせました♪



ところが。

また突然問題が発生してしまったのです。Orz


つづき

2025年9月26日金曜日

膨れ上がった右脚 ER ー 4 ー

 つづき


突然の退院が決まり、なんとかお見舞いに来てくれていたお友達が自宅まで送ってくれました。

退院時にはまだ自分で排尿できなかったため、管が通ったまま尿袋を手で提げての退院です。笑

しかも手術日に履いていったズボンは、この管があったので履いて帰ることができず、病院のガウンのままでの帰宅。(後ほど洗ってお返ししました)

帰宅した時にはすでに夜。

自宅で待機していたお友達がお粥と浅漬けを作ってくれました。

美味しかったのなんのって!!

病院での食事がなかなか飲み込めなかったことと、シンプルな日本食が食べたかったのです。


なんとかこの日は即効久しぶりのシャワーを浴び、図々しくもお友達に自分で洗えない髪を洗ってもらいました。今考えると申し訳なかったと反省。嫌だっただろうなぁ~。苦笑

翌日、退院時に送迎してくれた友達がアーニーを我が家に連れ帰ってきてくれました。

2週間アーニーを安心して預けられたのも彼女と彼女の旦那様のおかげです!アーニーの大好きなお友達と毎日一緒に居られて、犬友もでき、アーニーは相当楽しくて幸せな時間を過ごさせてもらったようで、私との久しぶりの再会というにも関わらず、私を飛び越して彼女のところへ。涙 Orz

でもそんなに喜ばしい滞在だったのなら、私も嬉しいです♪







そして。

アーニーの帰宅と同時に、日本から妹3も看護にやってきてくれました。

我が家は一気ににぎやかに。^^


もちろん退院できたものの私はまだ自分でアーニーの散歩ができる状態ではなく、お友達やドッグウォーカーさんを雇い、しばらくお願いしました。

「家に帰れば療養できる」と思っていたのもつかの間、電話はじゃんじゃんかかってくるし、溜まっていた郵便物には目を通さないといけないし、退院後のホームケアナースや自宅でのリハビリの手続きはしないといけないし、で大忙し。ゆっくり横になって休んでいられません。涙

すると・・・

家を中を少し歩いているだけなのに、両足が浮腫みだし、特に右足は3倍くらいの太さになってる!!!!




火曜日に退院し、金曜日になってもその脚の浮腫みは引く気配もなかったので、入院していた病院に念のため知らせておきました。

すると、

「今日中に予約をとって超音波検査をしてもらってください」

というではありませんか。


かたっぱしから電話をかけましたが、当日に予約を入れてもらうのは非常に難しく、なんとか月曜日の朝に予約を入れ、再び病院にその由を伝えました。

「だめ、今日中に診てもらって!予約が取れないのなら救急へ行ってください」

というのです。

仕方なしに、近い病院で一番空いているところをネットで調べ、家から10分くらいのところへ妹3に付き添ってもらって行ったのですが・・・・。

かなり待たされた後、中に通してもらい、右脚の超音波検査をしてもらったところ、想像もしてなかったことがこの膨れ上がった右脚に起っていたのです。


つづき


2025年9月19日金曜日

素晴らしい看護と退院 ー3-

 続き

ICUで輸血をし、低血圧で気絶して死にそうになり、排尿ができなくてもがき苦しみ、大量のお薬の副作用でインシュリンを肩にぶち込まれた、という短期間でいろんな経験をしました。

ペースメーカーを入れた後は、排尿問題と喉が痛くて一般食はまだ食べることができないという問題以外は順調に落ち着き始めたので一般病棟への移動となりました。

このICUにどれくらいいたのか、これまた全く記憶にありません。Orz

なんとか一般病棟に移ってからは、幸い天使の中の天使!というような看護師さんが親身になってお世話してくださりました。

ここでも排尿できず、トイレで自力で出そうとするものの一回あたりせいぜい150ccほど。お腹はパンパンで苦しいし、早く出したくても出てくれないのです。

そしてまた管を通して出そうとするのですが、やっぱり管が入らない。

黒人の看護師さんがチャレンジしてくれたのですが、前回チャレンジした看護師さん同様「こちらもがんばってるんだから我慢しなさい!」というようなことを言われ、私の苦しみなど到底理解してもらえないんだ、と怒りを覚えたほどです。

これは経験しないと本当に理解してもらえない苦しみです。


誤解を招かないように言っておきたいのですが、基本、ここの病院で手術&入院してよかった、と思えるのは・・・

執刀医はもちろんのこと、他のドクターも看護師さんたちも他の病院と比にならないほど素晴らしく、親切で優しく、看護のクオリティが高いのです。

今までアメリカのいろんな病院での入院経験がありますが、やっぱりここが飛びぬけてレベルが高いのです。

もちろんまれに上に記したような看護師さんが一人、二人、「厳しい人」というか、「自分本位な人」もいますが、それでもひどかったわけではありません。


一般病棟も個室で、ここに移ってからも固形物が喉を通らず、流動食しか食べることができませんでした。


入院食でこのハーブで味付けされたお魚がとても美味しかったのです。


ここの病棟では3泊し、血圧も心拍数も問題ないということで突然の退院となりました。

ここでは「やっと」との思いでほっとして退院できたのですが、この後問題が次々と起こることも知らず・・・。


続く



2025年9月12日金曜日

ICUに移動とペースメーカー ー2ー

続き

ICU OF THE ICUにどれくらい居たのか全く記憶に残っていませんが、怪しい私の記憶では2-3泊したように思います。そして通常のICUに移動となりました。

通常のICUとICU OF THE ICU とでは何が違うのか、というと・・・・

注意してモニター(監視)しないといけない数値などが表示された装置の数が違うのです。

通常のICUに移動となったということは、24時間監視していないといけない数値や術後の状態が安定したということになります。順調な回復ということですね。

ICUに移動となったのですが(移動のときの記憶も全く残っていません)、まだ鼻には酸素吸入の管が付いていて、何の目的で首に穴を開けられたのかは定かではありませんが、この喉に開いた穴にカテーテルが刺さっていて、そこから必要なお薬を入れられたと思います。

血が止まらかなったからなのか、部分輸血もしました。

この輸血のときに、看護師さんが「これは事前に摂っておいた自分の血液である」というようなことを言っていたような気がします。


この頃から声が裏返り、いつもの声が出せなくなりました。

手術中に喉が乾燥したからなのかな?と軽く考えていましたが、約一か月も声が戻らず、話をするのが一苦労でした。

そして少しずつ食べることもできるようになったのですが、喉が痛くて流動食しか食べれず、ごはんも鶏肉も飲み込むのが辛かったのです。


そして5年前から・・・・入院すると毎回必ずと言っていいほど自分で排尿できなくなるという問題がやはり今回も発生!(後ほど泌尿器科のドクターの説明によると、手術の際に使用する麻酔が原因とのこと。麻酔+オキシコドン(中毒性のある痛み止め)の組み合わせはさらに発生する確率が上がるとのこと)

今回も相当大変でした・・・

膀胱はぱんぱんで排尿したくても自分で出せないのです。

出ないからもれる心配もないのですが、もらしてはいけない、という感覚がぬぐいきれず、出したいのに出ない、でも漏らすこともできない・・・

今回もたくさんの看護師さんやドクターが管を通そうとしてチャレンジしてくださいましたが、なかなか入れることができず、その間の地獄のような辛さを入院中に2回も経験したのです。


ある日、友達がお見舞いにきてくれて、おしゃべりしていたときに、急に眠気が襲ってきました。「友達が来てくれているのだから眠ってはいけない・・・」と必死で耐えたのですが寝落ち(これも後にわかったのですが、寝落ちではありませんでした)してしまいました。

すぐに目を覚ましたと思うのですが、友達が帰っていった後、再びその「眠気」が襲ってくて椅子に座ったまま頭をもたげて眠ってしまい、目が覚めたら私の病室には大勢の看護師さんとドクターが。

「何事??」

と思った瞬間から眠いのです。

マネージャーのような方がひたすら何度も私の頬を叩き、「眠っちゃだめ!!」と言われたことを覚えています。

後に友人からの説明によると、私との記憶には若干差異がありました。

マネージャーから友人への説明によると、

友達が帰って行った後、看護師さんに付き添って部屋の中にあるおトイレへ行った際に、起立性の低血圧となり、点滴で水分補給しても血圧が元に戻らず、血圧が安定しなかったのでその点滴を中止し、すでに中止していた「エピネフリン(蘇生時に使用されるもの)」を少量持続点滴を再開したようです。

それから数日間血圧の数値を様子みてたのですが、やっぱり元の数値には自力で戻すことができず、数日後の8月1日(手術から1週間後)にペースメーカーを左胸(肩)に入れることとなったのです。

2週間の入院で手術3回です。 T_T

昨年の10月に手術が必要だ、と言われてから9か月近くもずっと手術できないでいたものですから、待っている間に心臓がどんどん弱ってしまったのです。

あんなク〇のような職場、さっさと辞めてさっさと手術しておけばよかった。

そうすればペースメーカーを入れないで済んだかもしれないのに。Orz



それも後の祭り。

今更そんなことを言っても仕方ありません。

もしものことを考えて、ペースメーカーを入れましょう、とドクターがギリギリまで考えて出した結果なのです。


もしペースメーカーを入れずに退院して運転中に血圧が急降下してこないだのように意識がなくなったりでもしたら大変ですものね。(一生外すことはできないとの説明がありました。)


直径4センチくらいでしょうか。皮膚の下に埋め込まれています。


正直違和感があって、1か月半経った今でも不快で仕方ありません。T_T

外してもらえないかなぁ・・・


続き


2025年8月28日木曜日

手術を振り返って -1-

 こんにちは。

記憶が消える前にここにできるだけ残しておきたいと思っているのですが、すでに今回の手術こと、術後の入院中のこと、退院時のこと、退院後のこと、そして再入院のこと、などなど記憶がどんどん消えてしまってます。Orz


出産経験はありませんが、出産を経験された方々がよくおっしゃるように、

「一人目の子のときはよく覚えているけど、二人目からのことはよく覚えてないわぁ」


とよく似てるような気がするのですが、10年前の手術のことはよく記憶に残っているのですが、今回の2回目の手術のことは1回目と重なってしまってほとんど記憶に残っていないのです。

時間が経てばどんどん今ある記憶も消えていくと思うので、消えてしまう前に少しでも記録としてここに残していきたいなと思っています。


手術当日は前回同様かなり早くに起床。

ただ今回は前夜に執刀医から電話があり、

「明日、5時までに来院するように言われたと思うけど、7時までに入ってくれたらいいからね」

と言われたので、前回より少し時間に余裕ができました。

4時に起床

5時過ぎに家を出発。

前夜から来てくれた友達Mちゃんの運転でお友達Sちゃんの家に立ち寄り、アーニーをドロップ。(入院中はお友達Sちゃん宅にアーニーのお世話をお願いすることができました)

アーニーにしばらく会えない寂しさを感じる間などなく、急いで病院へ。

病院に到着してからチェックイン。

手術開始時間が10時50分となっていました。


待合室で友達と待ち、名前を呼ばれて中に入り....


もうここから記憶がありません。T_T


前回の手術のときは手術室に向かう時に友達Mちゃんとハグをした記憶などが残っているのですが....

今回は手術室へ迎う前の待機室での記憶さえも残っていないのです。(服を脱いでガウンに着替えたことはなんとなく覚えているような。)

もちろん手術室も覚えていません。Orz


目が覚めたのは翌日。

目が覚めたとき、今回はひどく喉が渇いていた、ということはなかったのですが、前回と全く同じ部屋?と思うほどICUの部屋が似ていました。

とにかく全身浮腫んでいて、看護師さんに「目を開けて!」と言われても目を開けることができないほど顔も浮腫んでいて、目を開けれない代わりにに口を開けていたことを覚えています。(ふざけてたんじゃないからねっ!笑)

傍にはMちゃんが付いていてくれて、最初の食事としてゼリーやジュース、といったのど越しのいいものを少しずつ食べさせてくれてとても美味しかったのを覚えています。

全身は大量の管に繋がれていて、私のベッドの周りはいろんな装置だらけ。

24/7でモニターしないといけないものがたくさんあったのでしょう。


自分のベッドから向かって右側にソファがあり、友達Mちゃんが寝泊まりしながら介護してくれてました。


この「ICU OF THE ICU(ICUの中でもトップのICU」に居たときに、若い男性の看護師さんマリオさんがたくさんお話してくれていたことも記憶に残っています。笑

(どんな話をしていたのかは覚えていませんが。)

前回の手術ではこのICU OF THE ICU に20時間ほどしかおらず、すぐに通常のICUに移動となったのですが、今回はここに数日いたような気がします。気がしただけかな?!


手術に付き添ってくれたお友達Mちゃんの話によると

手術は12時頃に始まっただろうと思われ、終わったのは夜の8時頃だったらしい。(所要時間約8時間)

執刀医が術後に彼女に説明してくれたのは、


10年前と同じサイズの弁(今回は牛弁)を用意して取り付けたものの大きすぎて取り外さないといけないことに。そして小さい弁を再び取り付けるのに更に40分かかったとのことでした。


執刀医がMちゃんに見せてくれた今回取り外した豚の弁。10年間がんばってくれてありがとう!


無事弁置換手術が終わったのですが、血液が止まらなかったため胸を閉じることができず、その夜はそのままの状態でいったん中止となり、翌朝7時から手術再開。胸を閉じることができたそうです。

その胸を閉じたその日に「歩いてください」と言われて歩かされたような記憶が残っているのですが、いくらなんでもそんな「拷問」みたいなこと、ある???笑


そして通常のICUに移動となり、モニターしないといけない装置が少し減りました。


つづく



2025年8月26日火曜日

利尿剤を卒業

こんにちは。

更新がまったく追いついていなくて、ご心配をおかけしているみなさんはきっとやきもきされていることと思います。

近況報告が遅くなり申し訳ありません。Orz


先週の月曜日はペースメーカーの専門医による診察。

火曜日は地元での新しい心臓のドクターによる診察。


どちらのドクターもいい感じで丁寧に診察してくださいました。

ただ、火曜日の心臓のドクターはペースメーカーのドクターと連携できないところのドクターということもあって、ペースメーカーのドクターから同じところの心臓のドクターにしてもらった方が連携とりやすい、とのことで来月にはまた新しい心臓のドクターに会ってこれからのチェックアップはそのドクターにお任せすることになりそうです。

15年近く主治医として、心臓のドクターとして診てもらっていたドクターCは、残念ながら私の新しい健康保険を取り扱っていないとのことで今後診てもらうことができなくなってしまいました。(メディケイドはちょっとややこしくて、メディケイドを取得した後に健康保険会社を選ぶことができ、今まで診てもらってた健康保険会社を選んだので、ひょっとしたら9月以降再びドクターCに診てもらうことができるかもしれませんが。)

火曜日の診察では特にこれ、といった内容もなく、ただ私が質問したいことを質問し、答えていただいただけの診察となりました。

手術も無事終わり、脚の浮腫みもなくなったので、一年半飲み続けていた「レイシックス」という利尿剤はもう毎日服用しなくていいとのこと。脚が浮腫んできたら服用する、という程度でいいことになりました。

これは大きな進歩です。

利尿剤の服用により心臓への負担を減らし、身体、特に脚の浮腫みを軽減して体外に余分な水分を尿として排出する、という役目があるのですが、その分腎臓への負担も大きいのです。

毎日20ミリ飲み続けていたのですが、今回の術後に水分だけで12キロも増えたので、とにかく入院中は大量の利尿剤投与でみるみるうちに体重は元に戻っていきました。

腎臓が心配です。

その利尿剤を卒業できたのですから大きな進歩というわけです。^^

まだまだ毎日の服用薬は大量にありますが、今のところこれだけのお薬を服用しています。


エリクイス ELIQUIS (血液抗擬固剤)

アスピリン

パントプラゾール PANTOPRAZOLE (胃炎を抑えるもの)

オキシコドン OXYCODONE (強力痛み止め。胸の傷や胸部の痛みのために服用)

ガバペンティン GABAPENTINE (神経痛の痛み止め。肺痛のために服用)

タイレノール TYLENOLE (痛み止め。頭痛のために服用)

スピロノアクトン SPIRONOLACTONE (利尿剤のようなもの)

プレドニゾン PREDNIZONE (ステロイド剤)

イムラン IMURAN  (免疫抑制剤)

レボシロキシン LEVOTHYROXINE (ホルモン剤)

ベンリスタ (膠原病のお薬。皮下注射)ー 保留

アクトネル (骨粗しょう症のお薬)ー 保留


あと、サプリメントとして

鉄分

ビタミンC

カルシウム

を摂取しています。

術後ずっとカリウム、カルシウム、鉄分が不足していて、カリウムはなんとか基準値内に戻ったのですが、カルシウムと鉄分がかなり少なく、サプリで毎日補っています。






2025年8月18日月曜日

順調な回復

報告が遅れました。

先週の火曜日に退院してからは、順調に回復しています。

私は54歳と言う年齢の割には驚くほどスピードリカバリーで、日曜日の昨日は友達と妹と3人でショッピングモールへ出かけました。車椅子が必要かな?と少し心配していましたが、、、

なんてことない!

休憩なしで2時間歩くことができました。
明日から始まるセラピー(リハビリ)、本当に必要あるのかな?笑

今朝は、ペースメーカーの専門医と初めてお会いしてきました。傷のほうもきれいに塞がり、ペースメーカーのデータをチェックしていただいたところ、手術後直後は少しペースメーカーが作動していたようですが、それ以降は自分の心臓がきちんと働いてくれているとの事。
嬉しいニュースです。




かといって、ペースメーカーを取り外すことはできないようですが、半年に1度は診察を受け、ペースメーカーのデータをチェックしていただけるようです。

明日は心臓のドクターと初診察。
退院してからの状態をチェックしていただきます。

もっとゆっくりしたいところですが、結構忙しいくしています。

妹ちゃんは水曜日に帰国しますが、アーニーの世話をしてくれる方々も近所にたくさんいて、ご近所さんや友達が家へ来てはアーニーの散歩に行って下さっています。本当に助かります。

いざと言う時、たくさんの方々がヘルプの手を差し伸べてくださり、本当に感謝です。

ブログを読んでくださっている皆様方にも、たくさんご心配をおかけし、遠くから応援してくださっていること、心から御礼申し上げます。


2025年8月13日水曜日

坑凝固剤の開始

火曜日の昨日無事退院できました。

たくさんの利尿剤で、ようやく体内に溜まっていた水分が全部抜けました。

ゾウ脚もまた元通りに。





手術をしてくれたジョンホプキンスのドクターと2つ目の入院先のドクターとの意見が分かれ、どうなるかと思いましたが、希望通り手術医の意見を尊重してくださり、血管にフィルターを入れてできてしまった血栓が肺や脳に飛ばないようにすると言う予定は、手術台の上でスタンバイしてる状態で直前キャンセルとなりました。
その代わりに、Elquisという血液の坑凝固剤を数ヶ月服用することで、できてしまった血栓を砕いて、今後もできないようにする、と言う方針になりました。

母が生前服用していた坑凝固剤はワーファリンが主流で、この薬は服用すると、ビタミンKが入っている食物は禁止。

納豆やグレープフルーツ、緑黄野菜のほとんどに入っているので、食べれる食材が限られていました。
あの時代にElquisがあったなら、母は脳梗塞になることなく今も存在していたかもしれません。

Elquisは薬の服用量調整は不要なので定期的な血液検査は不要。食べたいものを食べることができる、といった大きなメリットがあり、今の時代に生まれて感謝です。

今回も人工弁ではなく、生体弁を入れたのでこのお薬も数ヶ月のみの服用で、数ヶ月すれば服用しなくていいらしいのです。

とりあえず数ヶ月後に、できてしまった血栓が消えているかどうかまた超音波検査が必要です。

どうぞ消えていますように。

病院食はしばらく見たくないかな。苦笑



これからまた午後からの診察に行ってきます!

2025年8月10日日曜日

再入院

たくさんの方にご心配いただいているのに報告が遅くなってすみません。

携帯持っているのも結構疲れるし、字を読むのも疲れるので、なかなか更新できませんでした。

結局あの後、排尿ができないと苦しみ、仕方ないので尿道にカテーテルを入れるとなっても入れることができる人が限られていて、退院して泌尿器科で診てもらうまではカテーテルを入れたまま退院しましょうと言うことになり、火曜日に退院しました。(拷問?)

友達に迎えに来てもらい、自宅まで送ってもらい、無事帰宅し、久しぶりの我が家で、大きく一息ついたのもつかの間。

すぐに両脚がむくみ出し、はち切れんばかりに浮腫んで痛みを感じ始めたので、入院先の病院に報告したところ、今日中に足の超音波検査を受けてくださいとの事。



片っ端から電話をしたものの、その日の予約は難しく、仕方なしに救急へ駆け込みました

すると右脚の静脈カテーテルが入っていたところの足の付け根あたりに、血栓がいくつかできていることが分かりました。

もちろん即入院です。


もしERに来なかったら、、、

その血栓が血流に乗って、肺や脳に飛び肺血栓や脳梗塞を起こしていたかもしれません。

何とか命拾いしました。


そこからは歩くこと、一切禁止。

脚の超音波検査はもちろん、胸部レントゲンや血液検査、腹部の超音波検査、などなど、たくさんの検査を繰り返し、月曜日の朝、手術医とここのドクターと話し合って、この血栓をどうするのか決まるそうです。


術後に12キロ増えた体重(全部水分)もようやく元に戻り、肺に溜まっていた水分も減り、ゾウ🐘脚もやっと元に戻ってきました。




輸血もしました。




不整脈がなければ明日退院できるかな?!

早くお家に帰りたいです。涙🥲


現状報告でした。




2025年8月2日土曜日

手術終了

報告が遅くなりました。

7月25日金曜日、朝少し遅れて9:50に手術室に移動し、準備にあれこれ時間がかかり、正午ぐらいから始まったそうです。


弁置換の手術は、、、

実際牛の便を入れてみると、私の心臓には大きかったようで、調整が必要となり、三しょう弁のほうはまだ何も触らなくて良い状態だったとのことで僧帽弁だけとなりました。




弁を取り替えた後、血液が止まらず、その日のうちに閉胸することができなかったようで、翌朝閉胸しました。

残念ながら心拍数はどんどん低下。

意識を2回失い、様子を見ましたが、いつまた心臓が停止するかわからないため、ペースメーカーを入れることになりました。

金曜日の午後、無事ペースメーカーが入りました。



ただ今回も排尿できなくなり、排尿できるようになれば、来週頭には退院できるとのことです。未定


取り急ぎ報告だけでもと思って更新しました


ご心配おかけしてすみません

がんばります。


2025年7月22日火曜日

失業してからの方が忙しい~ ><

 お疲れさまです。

毎日朝から晩までバタバタです。


ちょっと座って休憩でも、なんて時間がありません。

失業してからの方が働いてます。


働いてた時は、週末だから、とできるだけ身体を休める時間を優先してました。

が、今は平日も週末も関係ないうえ、手術前で動けなくなる前にできることをすべて片づけ、お友達と妹に泊まっていただくために、家の中を大掃除。この3年間はひたすら仕事に追われる毎日で、家のことも自分ケアも後回しにしてたので、そのツケがどっさり。

片づけても片づけても終わらない。

掃除もまだ終わってない。


失業してから毎日片づけて、なんとかゲストルームは使えるにまで片付きました。

不要なものをまとめてリビングルームもなんとか物が減りました。

今日は台所と冷蔵庫の中を掃除しました。

午後からはゲスト用バスルームも掃除してしまおう、と思ってたのですが、、、そこまでいけなかった。T_T

明日の夜、がんばります。


この先2か月は散歩も遊んであげることもできないので。
今日は天気もよく、久しぶりにフリスビーして遊んできました


今週は

月曜日:朝一番でアーニーのワクチン接種と中耳炎のため診察と治療($600=8万円)

火曜日:ひたすら洗濯と片づけ。特に台所

水曜日:8:30からプリオペ。朝からジョンズホプキンス病院へ。手術に関する質問、指示、準備など。

木曜日:朝は先週月曜日の乳がん検査の結果で今年もひっかかったため、8:15から再検査と超音波検査 。午後1時からはジョンズホプキンス病院のレントゲンかにて手術前最後の心エコーの検査。

その帰りに、アメリカ膠原病の会へ不要になったものをドネーションに。

金曜日:手術。おそらく午前中になるだろうとのこと。


明日のプリオペで詳しいことがわかるので、手術の時間など決まったらまたここで報告させていただきますね。

今朝日本にいる父に手術のことを報告すると、ショックだったのか声のトーンが落ちてしまいました。ごめんね、ずっと心配ばかりかけ続けて。T_T でもがんばるから!!


今日も病院でがんばってくれました!
お利口アーニー♡


っていうか、めちゃくちゃ忙しい~!!!

木曜日の夜までにすべて終わらせられるかな???

できるところまでがんばります。^^;

2025年7月19日土曜日

手術日 - 決まりました

 暑い日が続いていますが、みなさん週末いかがお過ごしですか?

アメリカも暑いけど、日本はもっと暑いって言うし、スペインなんて6月の時点で摂氏48度とか言ってたし、これから先が恐ろしいです。💦

アメリカはそれでも地球温暖化に対する対策には協力しないと言っているので、アメリカはこれからもどんどん温暖化が進むことでしょう。マジ、ヤバいよね。

世界で少子化が進む中、温暖化も同時に進んじゃうと今以上に生きづらくなってさらに少子化が進むのでは?と心配になります。

気温が高くても耐えれるけど、湿度が高いのは耐えられない。Orz

アーニーもしかり。

朝の気温の低いときにお散歩しても湿度が半端ないので不快感絶頂。


というのにですよ、今日は起床から始まり、朝の散歩から夜まで私たち、NON-STOPABLE!!

朝起床→朝んぽ→朝ごはん→お友達一家にお借りしてたものを返品に→昼ごはん→違うお友達の家へ行き、その家族の犬とアーニーを対面させる→夕食→書類の整理→寝る前の散歩→就寝


とこんな感じで今日一日は家で休む間もなく、アーニーは昼寝をする間もなく、二人であっち行ったりこっち行ったり、とずっと車移動+動いていました。


なんで?


そう。

昨夜(金曜日の夜遅く)にジョンズホプキンス病院の心臓外科医からテキストメッセージで

「手術は来週の金曜日にできそうです。週末が明けたら詳しく話をしましょう」

と連絡が来たのです!


木曜日の夕方、カイザーの保険会社からジョンズホプキンス病院(JHH)での心臓手術の許可が降りてすぐに

「健康保険が近々無効になるので、できるだけ早く手術日を入れてください!」

とJHHの外科医にテキストでお願いしたところ、

「早急にってどれくらい早急で?」

と返事が来たので、

「できれば来週の終わりか再来週の最初あたりでお願いします。」

と答えたら、なんとか私の手術を(無理して)予定の中にねじり入れてくださったのです!

ありがたい・・・・T_T


ということで、昨年からずっと引きずっていた人生2度目の心臓手術が7月25日(金曜日)に決定しました。

正式な書類をまだいただいていませんが、ほぼ決定だと思います。


手術1週間前から服用中止しないといけないお薬があったりするので、膠原病と主治医にお薬の確認メールを送っておきました。

親身になって時間を割いて詳しく説明してくださったカイザーの心臓のドクターと外科医にも決意の報告メールでお知らせしました。


ステロイドなどの膠原病のお薬は免疫力を下げるためのお薬なので、手術時に感染症を起こしやすくなるため服用を中止する、或いは減量する、とか、

血液をさらさらにするアスピリンは手術中に出血が止まらなくなると大変だから1週間前から服用中止する、とかそういった事前の対応が必要となってくるわけです。

手術日が決まる前からたくさんのお友達や家族がサポートのオファーを申し出てくれていて、手術当日、入院中、退院後の療養期間中はどうするのか?といったおおまかな予定はたてることができました。


入院5日間もの間、アーニーはどうするの?

一番気がかりだったアーニーの心配もなんとか友達のお家で預かってもらることになりそうです。

子犬時に2度他犬に襲われてから他の犬への恐怖心がトラウマとなり、アーニーは特定の犬に対して非常に自己防衛が働き、痛い思いをした経験から自分を守るためにアグレッシブになるのです。いつも散歩しながら周りに犬はいないか?と神経をピリピリさせながら毎日外を歩いているわけなのです。

そういうこともあって、犬を飼っているそのお友達の家の犬ちゃんとアーニーちゃんが5日間もの間、同じ家の中でやっていけるのかどうか犬たちの相性を確認しよう!と今日午後から2匹を対面させに行ってきたのです。


結果は・・・・

お友達の旦那様のプロフェッショナルなトレーニングのおかげで、2匹とも特に激しい反応はなく、少しずつ慣れさせ、穏やかに一緒に歩いてくれました!ホッ


相手に襲い掛かったり、唸り声を出したりすることなく
上手に仲良く一緒にお散歩できるようにしてくださいました!感謝感謝♡


あとは家の片づけと掃除、PRE-OPEと言われる手術数日前の質疑応答(服用お薬の確認やアレルギー、身体の自己消毒の仕方、当日どこで受付をすればいいのか、などといった詳細事項)、そして前日の準備だけ。「だけ」って。まだまだいっぱいすることあるやんっ!苦笑


さ、明日から1週間、気合いれて片づけ&掃除するぞ!!


月曜日の電話面接で「金曜日、手術するんです。2-3か月は仕事できません」

と正直に言わなきゃいけないよね。面接で落とされるかも、だけど。苦笑



2025年7月18日金曜日

許可がおりました!

 HAPPY FRIDAY!!

こんにちは。やっと金曜日ですね。今週もお疲れさまでした。^^


一昨日、カイザーに電話して「保険がいつ無効になるかわからないので、手術が近々に必要なため急いでアピールに目を通してください!」とメッセージを残しました。

すると昨日の午後、やっと手紙が届き(と言ってもオンライン上だけど)、ジョンズホプキンス病院での心臓の手術がついに許可されました!

これで手術日を予約できる!ということで、早速ジョンズホプキンス病院の心臓外科医に連絡を入れ、来週の終わりか再来週の頭くらいに予約を入れてください、とお願いしました。

今連絡待ちです。

色々と説明してくれたカイザーのドクター達には申し訳ないけれど、やっぱり前回していただいたドクター&病院でしていただく方が安心できるのです。


カイザーでの手術に比べると・・・

  • 家と病院間の距離が遠い(片道1時間)
  • 付き添ってくれる友達の病院通いが困難(ホテル予約要)
  • 医療費は$100増し
と比較するとネガティブ要素はあるのですが、それでも夜10になってからでも、週末でもきちんと返事を返してくださるこのDr. Cにお願いしようと思うのですよ。


それに、今回もお願いすることになるジョンズホプキンス病院の心臓外科医のチーフDr.Cは今年1月にリタイア予定だった高齢ドクター(年齢は知りません)。前回から10歳も歳をとられているのに、本当に大丈夫???という心配と不安はありましたが、もう何百回、何千回と弁置換手術をこなしてこられたドクターだから・・・きっと大丈夫でしょう、と信頼し、安心してお願いすることにしたのです。


来週できるかどうかはまだわかりませんが、健康保険はまだあと2週間は大丈夫そうです。なんでわかんの?って?

それはね、今日の給料日にいつもと同じ「健康保険料」を差し引いた額が入金されていたからです。^^

手術のみジョンズホプキンス病院で。

その後のケアとリハビリはカイザーで、という条件付きのようです。


ラッキーであれば、最後の給料日である8月1日にもし健康保険料を差し引かれていたら、8月15日まで保険が使えることになります。(たぶん)

だとすればあとはなんとかなるでしょう。^^


ということでドクター、或いはドクターのアシスタントさんが今手術日を調整してくださっているので連絡がきて決定したらまた改めて報告しますね。

昨年の10月に手術が必要だ、と言われてからなかなか決まりそうで決まらなかった手術日にやっと目処がつきました!

あ~、今回は転職と解雇が重なり、スムーズに話が進まず、ここまでの道のりが長かったなぁ。

でもやっと見えてきたぞ!!


散歩中にお庭の手入れをしていたおじさんに庭に咲いてた向日葵をいただきました!
「夏」!!!って感じで元気いっぱいです。^^


というこのタイミングで、やっと面接の話も一つ決まりました!笑

月曜日の午後4時から電話面接です。がんばります!^^


2025年7月15日火曜日

カイザーの外科医に会って。

みなさんこんにちは。

えのふむさん、無職になってからまめにブログを更新できてますねぇ。👏


朝んぽで。さるすべりの花が見事に満開で朝陽が隙間から覗いていました。

昨日の午後、カイザーの心臓外科医Dr.Gに会って話をしてきました。

電話ですでに2回も説明を受けているので、改めて説明してもらうことなどなかったので行く必要はなかったのですが、ドクターが「一度対面できちんと説明を。」というので行ってきました。

内容はやっぱり電話で受けた説明と同じ。

50ドルも払って車運転してここまできてんだから、来た甲斐があったものだ!と思えるようにしないといけない衝動にかられてしまい、思いついた質問をどんどん投げかけました。


今回の説明というのは、

カテーテルによる弁置換のメリットとデメリット

開胸手術によるメリットとデメリット


を実際の弁を使って詳しく説明していただいたのです。


診察室でドクター待ち。

簡単にまとめると、

ただカテーテル弁置換の場合、すでに入っている豚の弁を取り除いて新しい牛の弁を入れる、というのではなく、新しい牛の弁を取り付けた後、古い豚の弁は心臓の中に残るそうです。そのため、その古い豚の弁が血流を邪魔したり、血栓を作る原因になったり、心臓そのものを痛めてしまうリスクが5-10%あるとのこと。これは10人に1人の確率で起こり得るので結構ハイリスクであるということ。

その点、開胸手術であれば古い弁は排除できるため、そのようなリスクは低くなり1-2%(100人に1人程度)、結果も予後もよい、とのことでした。

ただ、カテーテルも手術も脳梗塞が起こるリスクは同じ。


ドクターに、

「もし私が貴方の家族だったらどちらを勧めますか?」

と尋ねたところ、

「僕の家族だったら、もちろん開胸手術だね。他の病気があったり、高齢であったりして開胸手術ができないのならカテーテル弁置換しか選択肢はないけれど、まだ若くて他の病気も問題ないのなら、開胸手術が確実だからね。」

と言っていました。


入院期間については、

ジョンズホプキンス病院で開胸手術をした場合:ICUに一泊。病棟で4泊。回復におそよ2か月要。

カイザーで開胸手術した場合:ICUにて2泊、病棟にて5泊。回復に2か月要。

カイザーでカテーテルした場合:病棟で一泊。二日目は自宅療養。三日目には仕事復帰可能。


カイザーもジョンズホプキンス病院も、リクエストすれば翌週には手術することが可能とのこと。

健康保険がいつ無効になるかわからないので、早く決断して早く手術日を入れないといけないのだけれど・・・・

カイザーからまだ許可が下りてない~~~!!

カイザーからの返答がもうあとどれくらいかかるのか予測つかないので、確実なカイザーでやってしまうか??? そうすれば来週には手術できちゃうぞ。





2025年7月14日月曜日

保険が無効となる前に。

こんにちは。

月曜日です。

また新しい一週間が始まりました。


毎日が「週末」のえのふむです。笑 ←ぜんぜん物怖じしていない。^^;

みなさん、暑い中いかがお過ごしでしょうか。


毎日普段通り少し遅めの6時に起床。

6時半にアーニーの「朝んぽ」。

40分くらい歩いたら帰宅して朝ごはん。

ここ数か月、ウェグマンズのこの甘さ控えめのベリージャムにはまっていて、このジャムと一緒にほぼ毎朝WHEAT 100%の食パンを食べてます。

**パンや菓子パンが健康にはよくないけれど、WHEATのパンであれば食べたほうがよい、と言っていたので。


WEGMANSの砂糖50%カットしたベリー3種類入りのジャム。
めっちゃおススメです!



朝ごはんが終わったらすぐに職探し。

パソコンの電源付けてすぐにその日の求人をチェック。

私の場合は仕事内容がすでに特定されているので検索も簡単。応募も直球です。笑


解雇されたその日は4件応募。

翌日は1件応募。

先週は月曜日から土曜日までで12件応募。

今日も2件応募しました。


連絡はありません。

面接さえしてもらえない。Orz


今見たユーチューブでも言ってたけれど、アメリカ政府関係だけでなく、一般のお仕事も今どんどん解雇が増えているようですね。

上位に入る成績をとっても、立派な4年生大学を卒業しても、学士号を取得しても仕事がない!と困っている若者が今アメリカにうじゃうじゃいるのです。

そりゃ私なんかがそんな競争率の高い戦いに勝てるわけないよね~、と納得。

内心、心臓の手術が終わり、回復してから仕事に復帰するほうがいいのでは?と思っている部分があるので、きっとそれが私を焦らせないでいる理由ではないか、と自分で分析してます。


仕事しなければ、手術してゆっくり回復する時間はあるけれど、健康保険がない。

仕事に復帰すると健康保険に加入できるけれど、仕事を休めないので手術できない。


どっちもどっちです。


Medicaid(メディケイドは、低所得の家族、子供、妊娠中の女性、高齢者、障害者など、特定の条件を満たす人々が対象にした公的医療扶助制度です)に申請したけれど、つい先日トランプの「ONE BIG BEAUTIFUL BILL ACT(大きくて美しい法案)」という法律が可決されました。


たくさんの内容が含まれているんですが、その中にMEDICAIDの予算削減というのもあり、今後もっと審査を厳しくし、今までごまかしてこの公的医療扶助制度を受け取っていた人たちを打ち切り、本当に扶助が必要な人たちに与えましょう、ということなんですが・・・

とてもいいことだと思いますが、

扶助が本当に必要な国民なのか、それともごまかしてずるをしている国民なのか、どうやって判断できるのかしら?と疑問が残ります。


私の場合は無収入で障害があるので(証明書類は提出済み)、扶助を受け取れるはずですが、それもわかりません。><

その健康保険がいつ無効になるかわからない状態なので、


金曜日の午後は、有職中は休ませてもらえなかったので行けなかった「産婦人科」で1月に済ませておくべき子宮がんの検査を。

月曜日の今日は9時半からマンモグラフィー。

午後からはカイザーの手術医と手術法について対面で詳しい説明があります。


私の中では確実にベストな結果を得られるという開胸手術+牛の弁、と決めています。

病院はできればジョンズホプキンスで。


ただ、まだカイザーから私のアピール(要請)に対する返答が出ていません。


ジョンズホプキンスも私も準備はできていても、カイザー以外の病院で手術することを許可してもらえないことには話を進めることができないのです。涙


許可さえでればすぐに予約を入れて同週にでも手術を、と考えていますが、いつ保険がなくなるかわからない状態です。


手術が無事保険適用で終わったとしても、しばらくはリハビリやチェックアップ、などなどしばらく病院にお世話にならないといけません。


保険がないとそれさえも受けることができなくなるのです。T_T


どうか1日も早くアピールの返答で許可されますように。


今日の外科医との話し合いについては後程報告いたします。


心にも身体にも余裕ができ、毎日3食きちんと作って食べてます!
今年は初めて夏バテなし!










2025年7月11日金曜日

結構忙しい日々

 金曜日。

みなさん、今週もお疲れさまでした!やっと「金曜日」ですね。


働いているとこの「金曜日」が嬉しかったのなんのって!!

でも毎日が週末なもんで、あの喜びは薄れていますが、今は曜日関係なく嬉しいです♪

リタイアしたらきっとこんな感じなのかなぁ~とか、今は「一時的」と考えているから嬉しいけれど、これが一生続くと不安になるだろうな、とか。

それでもあのオフィスに行かなくていいのは心から嬉しいです。

仕事があることの喜びや定期的にお給料が入ることのありがたさをよく理解し、感謝もしながら過ごしていたけれど、あんなToxic(毒)な環境にいると治る病気もよくなるどころかもっと病気が悪化してしまいそうでした。




火曜日の午後、ベンリスタの点滴注入のためカイザーのドクターオフィスへ行ってきました。

今回お世話になった看護師さんたちもフレンドリーでいい人たちでした。

点滴中の1時間の間、ずっと他愛もない会話をしてたんですが、

「今日はお仕事が終わって来たんですか?」

と聞かれたので

「いや、先週の木曜日に解雇されたんです」

と答えると、そこからめっちゃ聞かれて、

「そんな職場、毒だわ!辞めて正解。人を奴隷のように使い捨てするような雇用主なんて今の貴方の病気がどんどん悪化するだけだわ!」

とまで言ってくださりまして。^^;

そこから今できることをいろいろとアドバイスしてくれました。


COSTCOやWEGMANSのベネフィット(福利厚生)がとてもいいこと、

収入がなくなった今こそ失業保険やMEDICAIDに申請できること、

膠原病のドクターに事情を話して、今の健康保険が無効になる前にお薬の処方箋を多めに出してもらうこと、などなど。


ディサビリティ・ベネフィット(障碍者補助)の申請は3月に済ませてあります。

失業保険の申請は月曜日に終わらせました。

水曜日の朝、さっそくいつ無効になるかわからない健康保険のためにMEDICAIDの申請も終わらせました。(2時間半かかりました。💦)

失業保険手当はすぐに出してもらえそうな感じではありますが、ディサビリティとMEDICAIDの方は長期戦です。数か月かかるとのことです。

ただ、MEDICAIDの場合は結果的に受理されれば三か月前にまでさかのぼって医療費を支払ってくれるそうなのでちょっと安心してます。(でも受理されるかどうかは確実ではないですけどね。苦笑)

親身になっていろいろアドバイスしてくださった看護師さんたちに感謝です!


今朝は6時前に起床して6時半に前の公園へ朝んぽに出かけたのですが・・・

またコヨーテと遭遇!

向こうのほうで一匹犬らしきものがリーシュなしで散歩してる。

周りに人はいない・・・


あっ!!

すぐにコヨーテだとわかり、歩きだしたところでしたがすぐに引き返しました。

心臓が苦しくて走ることもできない!


幸い、私たちにまだ気づいていなかったようで逃げる時間がありました。

ところが、あと少しで車に到着する、というところで、そのコヨーテはこちらに向かって走り出したじゃないですか!

やばい、やばい。💦

なんとか車にたどり着いてアーニーを乗せた後に自分も乗り込み、呼吸困難になっている状態でコヨーテを見てみると、どうやら下を流れている川まで下りて行ったようで姿が消えていました。

あー、よかった。近くでばったり、というような昨年の状況にならなくてよかった。

それにしてもふさふさで大きかったなぁ。野生なのにご馳走食べてんの???

しばらくは前の公園での散歩はやめておくことにします。


さていよいよ週末ですね。

水曜日のMEDICAIDの申請を終わらせて以来、疲労感が出て部屋の片づけに意欲を失ってしまいました。Orz

来週の月曜日はカイザーのドクター手術医との話し合い。

これが終われば私次第です。

ジョンズホプキンスでするとなれば来週中に手術、もあり得ます。

早く部屋を片付けなきゃ!!ですよ。^^;



2025年7月8日火曜日

目の下にクマ。なぜ?!

湿度が高くて息苦しい。><

今日もあっついですねー。


本格的な「輝く失業生活」に入って2日目。

解雇された木曜日から毎日家の片づけに追われていますが、なかなか終わりません。

見た目もあまり変わっていなくてモチベーション⤵。笑


それでもピアノは売れたし、古い書類に目を通してどっさり処分したし、普段できなかった細かいところの掃除もしてるし、で失業中のくせに一日の終わりにはぐったり。

なぜか目の下にクマができてます。T_T

夜もよく眠れています。^^;


昨日は朝一番でソーシャルセキュリティーのオフィスへ。

ディサビリティのベネフィット申請中ということもあり、ワークステイタスのアップデート、簡単に言うと失業したという報告をしてきました。

そして午後からは職探しとHSA- Health Saving Account (医療費のための非課税アカウント)に過去に支払った医療費の申請。

家の片づけと掃除。


火曜日の朝はニューヨークのリクルーターさんとズームで面接。

10時に予定されていたのに、10時になっても彼女は入ってこない!!

おかしい。

忘れているに違いない。(昨日10時ねって話したところなのに!)


彼女に電話したところ、11時と勘違いしていたとのこと。

電話してよかった。じゃなきゃ、ずっと待たされて何もできないでいたじゃないの!


20分ほどで終了。

即職探し。

今日も一件履歴書を送りました。


年明け早々政府関係の大幅解雇が始まり、落ち着いてきた頃に一般企業の大幅解雇が始まりまして。

私の解雇は個人的にトレーナー(マネージャー?)から嫌われてたことが理由なので、世間の事情とはまったく関係ないんですが。苦笑

とにかくユーチューブ見てるとあっちもこっちも解雇の話ばかりです。^^;

久しぶりに朝ごはんに納豆。人口弁にしたらこれを一生食べれなくなっちゃうのよねぇ。


これからAIがどんどん仕事を奪っていくことになるので、もっと解雇される人や仕事が増えていくでしょうね。



さて、今日も暑いけれどアーニーの散歩1日4回と大掃除、そして午後3時からは月一の点滴によるベンリスタ注入、がんばりまーす♪

(まだ健康保険は使えてるようです・・・いつ切られるのか不明)






2025年7月6日日曜日

身体の変化

 どうも。

毎度毎度でざんす。^^


えーっと無職になって初めての週末は家の片づけに追われてました。

普段なら、木曜日の時点ですでに疲れがたまっていて、動くのもぐったり、という状態なのに、この解雇された木曜日は何故だか身体が軽く感じ、テンション上がり、その勢いで週末に予定していたゲストルームの掃除&片づけを始めちゃったわよ!

はかどる、はかどる♪

収入が一時的に?一生?なくなるかもしれないという不安はあるけれど、でも「嬉しい」の方が勝ってる。

本当に嫌な職場だったから、一日も早く手術を終わらせて辞めてしまいたかった。

手術が終わるまでの我慢、と自分に言い聞かせて我慢してたけど、辞めさせられたのなら割り切ってすっきりさよならできたわ。笑


毎週のように面接をして毎週のように新しい人を雇い、毎週のようにどっさり解雇。

一緒に入社した3人のうち、マネージャーアシスタントだった黒人の彼女は2か月前に解雇され、知らない間にいなくなってたし、その次は私。そして残りのSさんも早かれ遅かれ解雇になるかと。

もちろんその他にもたくさんの弁護士さんたちが解雇されてるみたいだし。


焦りや不安はあるけれど、ストレスから解放されたらこんなにも身体が楽になるんだ~ってことを自分の身体を通して痛感しました。



日曜日の昨日はなかなか売れなかった電子ピアノが売れました。

いつかまた弾ける日がやってくるかも?と希望を捨てきれず、家に置いていましたが、やっと買いたいと言ってくださる方が現れて昨日搬出していかれました。

ずっと誰にも弾いてもらえないのに我が家でじっと居座ったままではピアノも可哀そう。

どんどん練習のために弾いてくださる方のところへ行かせてあげたほうがピアノも幸せだし。

大きな荷物が一つ減ったというのに、なぜだかあまり減った感はありません。^^;




ゲストルームの片づけもあと2日はかかるかな~。

リビングもあと今週中には片づけてしまおう。

売れるものはすべて売却し、捨てれるものは捨て、できるだけ荷物を今のうちに減らしておこう。

ピンチはチャンス。

この解雇をチャンスに、3年前の夢を実現しようかとサンディエゴ、あるいはハワイへの移住を考えてます。

仕事もチェックしてます。

物件もチェックしてます。


しかし給料安いのに物件も物価も高すぎる。


もう老後資金を貯めるために働かなくてもいいので、のんびりストレスのない仕事を探しているんだけど、最低限度の生活と医療費だけは払えるだけのお給料は必要。

これがなかなか難しい。Orz


さて、明日月曜日はさっそくソーシャル・セキュリティーへ足を運び、申請中のディサビリティに関して収入がなくなったことの報告(アップデート)

そしてその後は、失業保険の申請がオンラインで完結できなかったので、電話を入れよう。

そして少なくとも毎日一度は履歴書を送ろう。


できることを一つずつ。

アメリカで正規リタイアするとなればあと5年は働かないといけないけれど、その5年間くらいはストレスのない、幸せにのんびり楽しみながら働けるお仕事に出会えますように。




2025年7月3日木曜日

人生初経験

 明日はアメリカの独立記念日。

アメリカ全土で盛大な花火が打ち上げられる日です。


というのに、その前日である今日7月3日、予測してたとおり、解雇されました!!

人生初の経験。

リタイアするまでに自分の身をもって一度は経験しておいた方がいい(?)かもしれない経験をしてしまいました。苦笑

アメリカの3人に1人は経験するという解雇。

解雇にも種類が2つあり、英語で言うと

Laid  Off

Fire

があります。

Laid Off = 会社の都合で辞めさせられる場合

Fire = パフォーマンスに問題あって辞めさせられる場合(アメリカ人の40%が経験済み)


今回の私の場合はFiredです。笑

そう、「パフォーマンス面で期待に応えてない」と理由で辞めさせられました。

初老にも関わらず何を言われようと必死でがんばったんですが、トレーナー(マネージャー)との問題でアウト。

入社して即効辞めていく人も多ければ、このトレーナーが嫌で辞めていく人も大勢。

解雇をトップの上司に告げられたときに

「何か言っておきたいことは?」

と聞かれたので、

もちろん遠慮なしで事実を告げました。

一緒に入社した彼女も同様に苦労してきたし、これからも苦労するだろうと思われるからです。

まぁ、このボスは彼女の味方なので何を言っても耳には入らないと思うけれど。笑


「最近大勢を解雇したんだよねー」って言ってたけど、


この一緒に入社した同僚もきっと近いうちに解雇となるかと思います。



ということで、健康保険は今月いっぱいで失効。

8月1日から健康保険なし。


ということは・・・

せっかく目処が見えてきた心臓の手術日が再び怪しくなってきました。

来月までに新しい仕事を見つけたとしてもまた半年は待たないといけないことになります。

もし来月までに仕事がみつからなければ、アメリカでの手術は無理。日本での手術となります。


せっかくやっとここまでたどり着けたかとほっとしていたところだったのに・・・とほほ

再びどちらに転ぶのかさっぱり先が見えない状況になってしまいましたが、前向きに進んでいきます!!

とりあえず解雇された今日は、家でいつものように一人でさみしそうにお留守番してたアーニーとフリスビーをしたりしてお出かけしました。

解雇された今日くらいゆっくりすればいいのに~、と自分でも思うのだけれど、さっそく仕事探しをしたり、失業保険申請をしたり、と仕事が見つからなかった最悪の場合を考えてすでに動いています。

もう2年間も有給休暇、とかバケーション、とかいった自分へのご褒美がなかったので、この機会にぜひ久しぶりの旅行でも!とか、日本へ一時帰国!とか思い浮かぶのですが、今お金を使うことのリスクを考えると慎重になります。

あ~、久しぶりにゆ~っくりしたいなぁ~。