2025年10月27日月曜日

新型コロナワクチン がん治療に効果?

みなさん、こんにちは。

ほぼ回復できた状態で毎日職探しに励むえのふむです。

かれこれ65社ほどに履歴書を送りましたが、いまだに面接までたどり着けないでいます。悲

働く気がまったくないのが履歴書から伝わってるのでしょうかね?!苦笑

この辺りはアメリカ政府関係のお仕事をしている方が多く、今年に入ってトランプ政権によりほとんどの方が失業し、コロナ以来の失業率らしく、みんな再就職しようとどこもかしこも一件のポジションにかなりの数の応募者で殺到している状態です。

専門分野で21年のキャリアがあってもアメリカで大学を出ていない私には非常に難しく、気長に探し続ければいいのか、一生見つからない仕事のためにこんな生活をいつまでも続けていいものか。

よくわかりませんが、時がくればご縁のあるところに拾ってもらえるか、それとも見切りをつけてさっさとこれからのことを建設的に考えようと思います。^^


昨日の夕方までの予定では、

今日から3泊4日のビーチ旅行に出かける予定でいましたが、残念ながら昨日の3:40分の時点でビーチは月曜日から金曜日まで雨予報と出ており、だんだん降水確率が高くなっていったので、ぎりぎりキャンセル可能期限4時の直前に日程を変更しました。

こちらはいいお天気でドライブ日和なのですが。^^;


先週から急に「冬」。

朝の散歩では手袋にマフラー、ニット帽です。

なのに。

日中では暑がりのアメリカ人は半袖&半パン&NO 靴下。あり得ないから。苦笑

ダウンを着ている人もいれば上半身裸でジョギングしている人もいる、というなんとも奇妙で不可解な今日この頃です。


服装はバラバラでもまだ「秋」です。笑


先週のアメリカのニュースで、新しいコロナワクチンには癌にも効果があることが発見された、と言っていました。


「ネイチャー」誌に掲載 新型コロナワクチン がん治療に効果?

https://youtu.be/7wp8wA2UE04?si=E8Je9Y4ZR7R4EJe4


よく聞いてみるとですね、なんと「免疫システム」をRE-PROGRAMしてくれるというではありませんか!!

ということは、突然免疫が過剰に働きだした膠原病などの自己免疫疾患にもいい効果をもたらしてくれるのでは?と思ったわけです。

注意:ただし、このニュースでは自己免疫疾患については一切触れていないので、あくまでの私の個人的な期待です。

もしこの癌にも効果があると確認された新コロナワクチンに自己免疫疾患にも効果があるとすれば・・・先日発見されたT細胞の働きだけでなく、近々膠原病などの自己免疫疾患に大きな改革が起こりそうですね!!期待したいところです。



2025年10月23日木曜日

骨皮筋子

 こんにちは。

こちらは毎日快晴で湿度は低く、まるで毎日カリフォルニアにいるようです♪

外に出ると本当に気持ちがいい!




今年の夏は例年に比べて涼しい日が多く、9月に入ってから暑さが少し戻ってきましたが、それも終わり、本格的な「秋」に突入。

通常ならこの一年で一番過ごしやすい季節「春」と「秋」がそれぞれ2週間くらいで終わってしまうのだけれど、今年の秋は長いです!嬉しい♪

週末の土曜日
いっぱい可愛がってもらってます♡

週末の日曜日
いっぱい遊んでもらってます♡


夏に入ると落ちる食欲も今年は問題なし。そのまま食欲の秋に入ったのでずっと食べてます。^^;

おかげ様で暴食しているせいか、3キロ減った体重もなんとか手術日当日と同じにまで回復しました。「骨皮筋子」から卒業です!笑

手術をしていただいた1つ目の入院中、もちろんほとんど食欲もなく、喉も痛かったので体重が減って当たり前、ですが、鏡で自分に姿を見る機会というのも全くなく、退院して初めて鏡の前に立ち、自分の顔を見てびっくりしたのなんのって!!

顔は頬がこけていて、目の下には真っ黒なクマ。

痩せてガリガリ、幽霊のように恐ろしい顔をしている自分にびっくりしました。

今まで着ていた洋服もだぼだぼ。「服を着ている」というよりは「服の中に入っている」って感じ。かなり貧相でした・・・苦笑

3つの入院生活を終え、失業してお金はなくても時間はたっぷりあるので、朝から卵を焼いたり、バタースクウォッシュのポタージュスープを作って食べたり、夕食には2-3品作って食べたり、ととても健康的な食生活を送っています。



今まで毎日仕事と時間に追われ、フルタイムの仕事とアーニーの世話で全く自分のことも家のことも後回しでした。

この2年半でできずにいた掃除や、片づけ、料理、など今リタイアメント生活のような失業生活を毎日満喫してます♪

仕事しなかったらこんなにも心にも時間にも余裕ができるんだーと。

汚れが気になったらその場でささっと掃除できるし、朝ごはん用にパンを焼いたり、と私が目指す「丁寧な暮らし」ができるんです。

あー、このままリタイヤしたいなぁー。(遠い目)



失業生活を満喫

失業してもうすぐ4か月。

リカバリー中は失業保険を支払ってもらえず、11月からは結構ヤバイです。💦

持っている株を売ってなんとか家のローンと生活費を作らないといけません。


9月末から失業手当も出ないっていうのに9月末から職探しを再開。

今数えたら51の雇用先に履歴書を送りましたが。電話面接までたどり着いたのは1つだけ。それもミネソタでリモートではなかったので却下。


この辺りはアメリカ政府に勤める方々がたくさん住んでおられるので、そのほとんどが解雇となったためにうちのカウンティの失業率は過去最高のようです。

アメリカ全土でも失業率がどんどん上昇し、高い学費を払ってきちんと大学を卒業したにも関わらず雇用先が見つからずにSNSで嘆いているビデオがたくさん投稿されています。

英語を完璧に話せるネイティブできちんと大学を出ているアメリカ人でさえ就職できないのだから、棺桶に片足突っ込んでいるこんな私が採用してもらえるはずがないか・・・笑


でも大丈夫。

この54年間、お金に困ってもいつもギリギリでなんとかなってきたんです。

いつも不思議だなーと思うのですが。「必ず」なんです。


持論ですが、「就職」と「結婚」は「縁」だと思っていて。

ご縁がある雇用先と出会えるまでの我慢です。地道にコツコツと履歴書を送り続けるしかありません!!がんばれ~、えのふむちゃん!

11月から失業保険が出る予定だし(スズメの涙)、いつでも働けるはずです。

言い換えれば11月1日までは手当が出ないので、それを逆手にとって来週アーニーと二人で海旅行を企画しています。月曜日から木曜日までの3泊4日のロードトリップ。

いつか就職できるのかどうかわからないけど、もし就職が決まったらまたしばらくお休みを取れないし。お金が無くたって今しかできないことをすることにしました!もちろんケチケチ旅行だけどね。苦笑

ということで引き続きアメリカ全土に履歴書を送ってまーす♪




2025年10月16日木曜日

アブレーション ー 7 ー

 報告が遅くなりました。

もし心配してくださった方がいらっしゃたら・・・ごめんなさい。Orz


火曜日、無事「アブレーション」の施術が終わりました!

施術自体は2時間くらいで終わったのですが、病院に入ってから帰ってもいいよ、と言われるまでが約8時間。

友達が「手術に専念して!」と朝8時半にアーニーを迎えにくてくれて、9時過ぎにMedical Transportation が迎えにきてくれ、予定より早く9時45分には到着。

受付で名前を記入してお待ちください

というので名前を書いてずっと待っていた。

ところが。

待っていた人はどんどん名前を呼ばれて中に入っていくのに、私の名前はなかなか呼ばれない。

すでに1時間が経過していたので再び受付に確認しに行くと・・・

受付の若い子2人、すっかり私のことを忘れていたらしい。怒

こういうの、アメリカではあるあるだけど、30年いても未だに慣れないわ~。


むかっとしながらも椅子に座って待っているとすぐに名前を呼ばれて中へ。

服用薬やアレルギー、最後食べ物を口にした時間、最後に水分をとった時間、などなどいろいろ聞かれ、麻酔を入れるために腕に二回針をぶち込まれて準備完了。

最近今までに以上に腕に針を刺されるときの痛みがひどくなってるんだけど、これって歳のせい?痩せたから?それとも脱水症状だから?

理由はわかりませんが、今まで我慢できてた痛みが最近は飛び上がるほど痛くて我慢できないのです。T_T

準備が終わっていざ手術室へ。

キャップをかぶり、背中にいろんな冷たーいパッチを貼ら、胸にもたくさんの心電図用パッチが貼られて、横になり、左腕に刺さっている針から麻酔が入った瞬間めちゃくちゃ酷い痛みで「痛い~~~~!!!!」と大きな声で叫ぶと「これが普通だから我慢してね」と言われた瞬間に意識がなくなりました。

目が覚めたらリカバリー室で一人の看護師さんが付きっ切りでお世話をしてくれていました。

喉は痛くない?と聞かれ、「痛い」と答えたら、シャーベットアイスを持ってきてくれました。

痛い喉には気持ちいい!

なんで痛いのか尋ねたところ、喉からチューブは入れられてたみたいです。もちろん記憶にないけど。苦笑

前回の心臓の手術のときは右脚の付け根からカテーテル。

今回は左足の付け根から管を通しました。

傷は前回が10センチほど。まだ治りません。><



今回は、昨夜シャワー前にバンドエイドをはがしてびっくり!たったの1センチほどなのです。てっきり今回もばっさり10センチくらい切られているものだと思い込んでいました。




なんとか問題もなく、スムーズにいったようです。

予定どおり6時すぎにお迎えが来て、6時半には帰宅。

しばらくすると友達がアーニーを連れて帰ってきてくれました。


当たりまえですが、「手術」となる普通は家族が付き添いで一緒に来られます。

今回もたくさんのご家族の方々が待合室で大切な家族の手術の無事を祈りながら待っておられました。

かれこれ「手術」や「施術」というものをここアメリカと日本で合計15回ほど経験しましたが、心臓の手術2回と婦人科の1回のときを除けば私は家族がいないのでほぼ一人で行って一人で帰ってくる、という可哀そうにみられている子です。←おばはんやけど。笑

それでも最初のころは不安で寂しい思いもしましたが、今ではすっかり慣れたもんです!

手術自体にも慣れてしまっているので、不安もほとんどなし。

失敗したら・・・と考えもしないし、「絶対に成功する」と思ってるからでしょう。

いや、そういう問題じゃないのかな?


アメリカ人の友達などに「また手術があってね」と話すとほとんどの友達や同僚が

「私なら絶対無理!MRI検査するのでも大変やのに。」

と言います。男性もしかり。

意外とみんな怖がりなんだなーと驚いたものです。


私だって慣れたくないし、できれば経験しないで済むのならしたくないのですが。苦笑

仕方ありません。


ということで、すでに術後48時間が経過しているのでもう運転もオッケー。

問題の安静時に130あった心拍数も術後は65まで下がっています!

心拍数を下げるリスクの高い「アミオドロン」も服用中止となりました。^^


ラッキーであれば一生不整脈の心配をしなくていいらしいので、これで心臓発作とか脳梗塞のリスクはぐっと下がり、安心して過ごせるようになるでしょう♪


たくさんの方々に心配していただき、ありがとうございました!




2025年10月12日日曜日

三度目の正直 心房粗動 ー 6 ー

 続き


2度目の入院からなんとか退院できて数日たった時の事。

8月12日に退院できて、その週の金曜日。(何故かいつも金曜日に問題発生!)


突然正常だった心拍数が130まで上がり、何をしていても最低が130。動いたりすると170くらいまで上がるのです。

翌日、週末に連絡しては申し訳ないと思ったのだけど、お詫びの気持ちを伝えたあと、執刀医にメッセージを送りました。

すると返事がすぐに返ってきて

「130を超えなければ様子見でいいと思います。」

と言われたのでそうすることにしました。


翌週の水曜日、家にフィジカルセラピーさんが来て下ったときに、いつものようにバイタルチェックをしていただきました。

するとやっぱり心拍数が130近くあるのです。

執刀医に言われたことを伝えましたが、彼女は上司に連絡して指示を煽ったところ、すぐに救急車を呼べ、というのです。💦

慌てた私は

「いえ、こんなに元気だし、必要だったら自分で救急へいきますので。」

と言ったのですが、PTさんはすぐに上司の指示どおり救急車を呼びました。きゃーー💦


そんな大げさな。

と焦りました。だってアメリカで救急車なんて呼ぶと請求額が平気で1000ドル超えるのですから。苦笑

ほんとに来ちゃったよ・・・消防隊員さんが。(←アメリカでは救急隊員は消防隊員なのです)

がっちり鍛えたバリバリ体格のいい方々が5人ほどこの狭い玄関に!

一番のボスは男らしい女性の方で、彼女の指示で早速血圧、心電図、などを測定してくださり、やはり心拍数は正常ではない、とのことで救急車に乗って救急へ・・・

と言われたのですが、午後にしないといけないことや眼科の診察予約が入っていたので帰っていただきました。

「必要になったらいつでもまた電話してちょうだい。すぐに飛んでくるから。」

と親切な言葉を残してぞろぞろ帰っていかれました。

お騒がせしてかたぢけない。Orz


午後は予定をこなし、ひと段落ついたので、救急に行って混んでいなかったら診てもらろう、と夕方から近所の友達にアーニーをお願いして前回とは違う病院へ向かいました。

中に入ると・・・

いや~混んでるのなんのって!!!

これじゃ朝方までかかるわと思い、一応受付で「どれくらいかかりますか?」と聞くと

「この様だからねぇ。早くても3時間はかかるわね。」

と言われたので

「あぁ、そうですか。心拍数が130近く、すでに5日以上続いているんですが・・・

3時間も待てないのでやっぱりいいです。帰ります」

と言って救急を出て、自分の車に乗り込み、エンジンをかけたところ、中から看護師さんが追いかけてくるではありませんか。


窓を開けると、

「心拍数が高いんですよね?!すぐに優先的に診てもえらえるようにしますので中に入ってください」

と。

おぉおお、ラッキーだ!

車をもとに戻して再び中に入ると、すぐに血圧を測定して必要事項を質問されてすぐに中に通してもらうことができました。

中に入ってからもいつも待ち時間が長いんだけど・・・

結果から言うとドクターの説明では、

「この心拍数が高いのは、心臓の開胸手術後は50%の確率で起こる「心房粗動」という不整脈が原因です。

今日はこのまま入院してください。」

えええ!!

また入院???

いややーーー帰りたいーーー ><

でもこのまま帰らせるのは危険だというので、素直に入院することにしました。

入院中も元気で、食欲もあり、さっそく心拍数を下げるお薬も開始しました。

理由は、脳梗塞や脳卒中、心臓発作がいつ起こってもおかしくない状態だそうで。^^;

今回も数泊入院して、無事退院できました。


心臓のお薬は、

心拍数を下げるお薬「アミオドロン」

血栓を予防するお薬「エリキュース」


それ以来、再入院にはなっていないのですが、

すでに入れていた不整脈の専門医(昨年診て頂いた男前のインド人ドクター)の診察へ行ったところ、

3つの病院での入院結果にすべて目を通し、

できることは「ATRIAL FLUTTER (心房粗動)」の治療には「Ablation (アブレーション)」という治療法があります。

これをやってしまえば、根治できるのでリスクの高いアミオドロンの服用を中止できるし、一生この不整脈で心配することがなくなります」

ということでこのアブレーションというものをすることになりました。


手術でできた痣がなかなか消えません。

全身にある痣。内出血でもなさそう。


施術日は来週火曜日10月14日に決まりました。

朝10時に病院到着。

施術は正午から開始です。




2025年10月7日火曜日

ノーベル生理学・医学賞-坂口教授受賞

 突然手術の話から話題が逸れてしまいますが、、、

日本では大きなニュースになっているのですでにご存じの方も多いとは思いますが、アメリカでは一切ニュースになっていないので(知らないのは私だけ?!)、ここで妹3が速報してくれた嬉しいニュースをシェアさせて頂きます!


なんと、阪大教授の日本人の坂口志文さんと米国の2研究者により、「制御性T細胞」というのを発見し、なんとノーベル生理学・医学賞を受賞されたとのこと。


リンク

https://mainichi.jp/articles/20251006/k00/00m/040/235000c


そのノーベル賞を受賞した内容はというと、

膠原病やアレルギーなどの「自己免疫疾患」などは、免疫が暴走して異物以外の正常な組織までも攻撃する病気であるのは皆さんもご存じ。

坂口教授らは、この暴走する免疫のみを抑え込む「制御性T細胞」を発見したとのこと。

T細胞は1995年に発見はされていたものの、その細胞の働きを解明した業績をたたえるということで今回三人の方がこのノーベル生理学・医学賞を受賞されたのです。

このT細胞の発見により、膠原病などの自己免疫疾患だけでなく、1型糖尿病や癌までも革新的な治療が期待されることになるらしい。

このサイトによると、すでに新しい治療薬の開発が進んでいると!!


ただ、今の米政権で多くのNIH(National Institute of Health)研究者が解雇されて今は人手不足。実際に新しい治療薬が許可されるまでにどれくらい時間がかかるのか・・・。

もっと早くに発見されていたら、両手も顎もここまで破壊されずに済んだかもしれないし、膠原病が原因との可能性があるこの心臓病も発症しないで済んだかもしれない。

いや、そんなことを言い出したらきりがない。

ということで、私が生きている間にこの細胞が発見されたこと、人生をこの研究に費やしてくださった三人の方々に心から感謝せずにはおれません。

さぁ、みなさん!これからの医療に希望をもって前向きな気持ちで乗り越えましょう!







2025年9月30日火曜日

再入院と抗凝固剤の服用開始 ー5ー

 つづき


もったいぶらせて申し訳ない。苦笑

そう、脚が浮腫んで金曜日のその日のうちに超音波検査を受けてください、という指示があって救急へ駆け込み、検査をしてもらったところ、なんと異常に浮腫んだ右脚の付け根のところには小さな血栓がいくつもできていたんです。

自分でもびっくりしました。だってそんなこと想像もしてなかったからです。

救急へ駆け込んで4時間以上が経っていて、ERのドクターから「今晩はここの病院で。」と言われ、「今晩だけなら」と思い、妹にはアーニーが待っている家に帰ってもらいました。

また入院か。Orz



ここの病院のドクターはすぐ経口抗凝固剤(血液をサラサラにするお薬)を開始するべきだ、というのに対して

心臓の手術をしてくださった執刀医は賛成ではない、と。


救急の病院の心臓医は、ならば動脈血管にフィルターを挿入することで血栓が肺や脳へ飛んでしまうのを阻止しないければ、と。

私は信頼している執刀医とこちらの病院とで話し合って、ベストな選択肢を決めてください、とお願いしました。

すると

「今から動脈にフィルターをいれる施術を行うので、手術室へ行きます」とのこと。

げ。いきなり??

と思ったので、

「執刀医と話し合って彼は納得したのですか?」

と尋ねると「はい」との返事が。


執刀医がオッケーを出したなら仕方がない。フィルターを入れてもらうことにしようか・・・と車いすを押されて手術室へ向かい、説明を受け、手術室で首の動脈を消毒してもらい、首以外はすべて覆われた状態で、あとは手術してくださるドクターが現れるのみ、という状態でしばらく待っていました。

すると、女性ドクターが現れ、わずかな隙間から、

「貴方の執刀医はフィルター挿入に賛成していないので、もう一度彼の意向を確認してくるので数分この状態で待っててね。」


と。

だから手術室へ向かう前に言うたし確認したやん!!

そしたら「はい」って言うたやん!!


数分後に彼女が戻ってきて、このフィルターを首の動脈に挿入するという施術はドタキャンとなりました。苦笑 (局所麻酔の予定だったので怖くてキャンセルになってちょっとほっとした!)


ということでこの日から毎日抗凝固剤「エリキュース」の服用開始となったのです。

毎日服用することでできてしまった血栓を時間をかけてくだいてくれる、とのことなので、三か月後に再度右脚の超音波検査です。

通常なら血液凝固剤と言えば「ワーファリン」。

母も機械弁を入れた心臓の手術後、このワーファリンを服用していました。

一生飲み続けないといけないうえ、ビタミンKの含まれた納豆やグレープフルーツ、緑黄色野菜はほとんど禁止。

そのうえ、頻繁に血液検査をして様子をモニターし、ワーファリンの服用量を調整しないといけない、という難しいお薬なんです。(エリキュースは20年ほどまえに開発された比較的新しいお薬で、その必要がないんです。)


そして母は血栓ができ、それが脳に飛んでしまって脳梗塞となり、他界するまで右半身不随の車いす生活となってしまいました。涙

これが私の「機械弁」を選ばず、「生体弁」を選んだ理由です。


今回の入院中も血液検査はもちろん、胸部、レントゲン撮影や超音波検査、などなど、たくさんの検査に加え、血液の比重が低いとのことで、今回もまた輸血をしていただきました。(whole blood transfusion)


二度目の病院で4泊入院して一応退院することができました。


入院食




入院中は日本からきてくれた妹ちゃん3が毎日お見舞いに来てくれ、
二人でげらげら笑いながら辛い入院生活も楽しく過ごせました♪



ところが。

また突然問題が発生してしまったのです。Orz


つづき

2025年9月26日金曜日

膨れ上がった右脚 ER ー 4 ー

 つづき


突然の退院が決まり、なんとかお見舞いに来てくれていたお友達が自宅まで送ってくれました。

退院時にはまだ自分で排尿できなかったため、管が通ったまま尿袋を手で提げての退院です。笑

しかも手術日に履いていったズボンは、この管があったので履いて帰ることができず、病院のガウンのままでの帰宅。(後ほど洗ってお返ししました)

帰宅した時にはすでに夜。

自宅で待機していたお友達がお粥と浅漬けを作ってくれました。

美味しかったのなんのって!!

病院での食事がなかなか飲み込めなかったことと、シンプルな日本食が食べたかったのです。


なんとかこの日は即効久しぶりのシャワーを浴び、図々しくもお友達に自分で洗えない髪を洗ってもらいました。今考えると申し訳なかったと反省。嫌だっただろうなぁ~。苦笑

翌日、退院時に送迎してくれた友達がアーニーを我が家に連れ帰ってきてくれました。

2週間アーニーを安心して預けられたのも彼女と彼女の旦那様のおかげです!アーニーの大好きなお友達と毎日一緒に居られて、犬友もでき、アーニーは相当楽しくて幸せな時間を過ごさせてもらったようで、私との久しぶりの再会というにも関わらず、私を飛び越して彼女のところへ。涙 Orz

でもそんなに喜ばしい滞在だったのなら、私も嬉しいです♪







そして。

アーニーの帰宅と同時に、日本から妹3も看護にやってきてくれました。

我が家は一気ににぎやかに。^^


もちろん退院できたものの私はまだ自分でアーニーの散歩ができる状態ではなく、お友達やドッグウォーカーさんを雇い、しばらくお願いしました。

「家に帰れば療養できる」と思っていたのもつかの間、電話はじゃんじゃんかかってくるし、溜まっていた郵便物には目を通さないといけないし、退院後のホームケアナースや自宅でのリハビリの手続きはしないといけないし、で大忙し。ゆっくり横になって休んでいられません。涙

すると・・・

家を中を少し歩いているだけなのに、両足が浮腫みだし、特に右足は3倍くらいの太さになってる!!!!




火曜日に退院し、金曜日になってもその脚の浮腫みは引く気配もなかったので、入院していた病院に念のため知らせておきました。

すると、

「今日中に予約をとって超音波検査をしてもらってください」

というではありませんか。


かたっぱしから電話をかけましたが、当日に予約を入れてもらうのは非常に難しく、なんとか月曜日の朝に予約を入れ、再び病院にその由を伝えました。

「だめ、今日中に診てもらって!予約が取れないのなら救急へ行ってください」

というのです。

仕方なしに、近い病院で一番空いているところをネットで調べ、家から10分くらいのところへ妹3に付き添ってもらって行ったのですが・・・・。

かなり待たされた後、中に通してもらい、右脚の超音波検査をしてもらったところ、想像もしてなかったことがこの膨れ上がった右脚に起っていたのです。


つづき


2025年9月19日金曜日

素晴らしい看護と退院 ー3-

 続き

ICUで輸血をし、低血圧で気絶して死にそうになり、排尿ができなくてもがき苦しみ、大量のお薬の副作用でインシュリンを肩にぶち込まれた、という短期間でいろんな経験をしました。

ペースメーカーを入れた後は、排尿問題と喉が痛くて一般食はまだ食べることができないという問題以外は順調に落ち着き始めたので一般病棟への移動となりました。

このICUにどれくらいいたのか、これまた全く記憶にありません。Orz

なんとか一般病棟に移ってからは、幸い天使の中の天使!というような看護師さんが親身になってお世話してくださりました。

ここでも排尿できず、トイレで自力で出そうとするものの一回あたりせいぜい150ccほど。お腹はパンパンで苦しいし、早く出したくても出てくれないのです。

そしてまた管を通して出そうとするのですが、やっぱり管が入らない。

黒人の看護師さんがチャレンジしてくれたのですが、前回チャレンジした看護師さん同様「こちらもがんばってるんだから我慢しなさい!」というようなことを言われ、私の苦しみなど到底理解してもらえないんだ、と怒りを覚えたほどです。

これは経験しないと本当に理解してもらえない苦しみです。


誤解を招かないように言っておきたいのですが、基本、ここの病院で手術&入院してよかった、と思えるのは・・・

執刀医はもちろんのこと、他のドクターも看護師さんたちも他の病院と比にならないほど素晴らしく、親切で優しく、看護のクオリティが高いのです。

今までアメリカのいろんな病院での入院経験がありますが、やっぱりここが飛びぬけてレベルが高いのです。

もちろんまれに上に記したような看護師さんが一人、二人、「厳しい人」というか、「自分本位な人」もいますが、それでもひどかったわけではありません。


一般病棟も個室で、ここに移ってからも固形物が喉を通らず、流動食しか食べることができませんでした。


入院食でこのハーブで味付けされたお魚がとても美味しかったのです。


ここの病棟では3泊し、血圧も心拍数も問題ないということで突然の退院となりました。

ここでは「やっと」との思いでほっとして退院できたのですが、この後問題が次々と起こることも知らず・・・。


続く



2025年9月12日金曜日

ICUに移動とペースメーカー ー2ー

続き

ICU OF THE ICUにどれくらい居たのか全く記憶に残っていませんが、怪しい私の記憶では2-3泊したように思います。そして通常のICUに移動となりました。

通常のICUとICU OF THE ICU とでは何が違うのか、というと・・・・

注意してモニター(監視)しないといけない数値などが表示された装置の数が違うのです。

通常のICUに移動となったということは、24時間監視していないといけない数値や術後の状態が安定したということになります。順調な回復ということですね。

ICUに移動となったのですが(移動のときの記憶も全く残っていません)、まだ鼻には酸素吸入の管が付いていて、何の目的で首に穴を開けられたのかは定かではありませんが、この喉に開いた穴にカテーテルが刺さっていて、そこから必要なお薬を入れられたと思います。

血が止まらかなったからなのか、部分輸血もしました。

この輸血のときに、看護師さんが「これは事前に摂っておいた自分の血液である」というようなことを言っていたような気がします。


この頃から声が裏返り、いつもの声が出せなくなりました。

手術中に喉が乾燥したからなのかな?と軽く考えていましたが、約一か月も声が戻らず、話をするのが一苦労でした。

そして少しずつ食べることもできるようになったのですが、喉が痛くて流動食しか食べれず、ごはんも鶏肉も飲み込むのが辛かったのです。


そして5年前から・・・・入院すると毎回必ずと言っていいほど自分で排尿できなくなるという問題がやはり今回も発生!(後ほど泌尿器科のドクターの説明によると、手術の際に使用する麻酔が原因とのこと。麻酔+オキシコドン(中毒性のある痛み止め)の組み合わせはさらに発生する確率が上がるとのこと)

今回も相当大変でした・・・

膀胱はぱんぱんで排尿したくても自分で出せないのです。

出ないからもれる心配もないのですが、もらしてはいけない、という感覚がぬぐいきれず、出したいのに出ない、でも漏らすこともできない・・・

今回もたくさんの看護師さんやドクターが管を通そうとしてチャレンジしてくださいましたが、なかなか入れることができず、その間の地獄のような辛さを入院中に2回も経験したのです。


ある日、友達がお見舞いにきてくれて、おしゃべりしていたときに、急に眠気が襲ってきました。「友達が来てくれているのだから眠ってはいけない・・・」と必死で耐えたのですが寝落ち(これも後にわかったのですが、寝落ちではありませんでした)してしまいました。

すぐに目を覚ましたと思うのですが、友達が帰っていった後、再びその「眠気」が襲ってくて椅子に座ったまま頭をもたげて眠ってしまい、目が覚めたら私の病室には大勢の看護師さんとドクターが。

「何事??」

と思った瞬間から眠いのです。

マネージャーのような方がひたすら何度も私の頬を叩き、「眠っちゃだめ!!」と言われたことを覚えています。

後に友人からの説明によると、私との記憶には若干差異がありました。

マネージャーから友人への説明によると、

友達が帰って行った後、看護師さんに付き添って部屋の中にあるおトイレへ行った際に、起立性の低血圧となり、点滴で水分補給しても血圧が元に戻らず、血圧が安定しなかったのでその点滴を中止し、すでに中止していた「エピネフリン(蘇生時に使用されるもの)」を少量持続点滴を再開したようです。

それから数日間血圧の数値を様子みてたのですが、やっぱり元の数値には自力で戻すことができず、数日後の8月1日(手術から1週間後)にペースメーカーを左胸(肩)に入れることとなったのです。

2週間の入院で手術3回です。 T_T

昨年の10月に手術が必要だ、と言われてから9か月近くもずっと手術できないでいたものですから、待っている間に心臓がどんどん弱ってしまったのです。

あんなク〇のような職場、さっさと辞めてさっさと手術しておけばよかった。

そうすればペースメーカーを入れないで済んだかもしれないのに。Orz



それも後の祭り。

今更そんなことを言っても仕方ありません。

もしものことを考えて、ペースメーカーを入れましょう、とドクターがギリギリまで考えて出した結果なのです。


もしペースメーカーを入れずに退院して運転中に血圧が急降下してこないだのように意識がなくなったりでもしたら大変ですものね。(一生外すことはできないとの説明がありました。)


直径4センチくらいでしょうか。皮膚の下に埋め込まれています。


正直違和感があって、1か月半経った今でも不快で仕方ありません。T_T

外してもらえないかなぁ・・・


続き


2025年8月28日木曜日

手術を振り返って -1-

 こんにちは。

記憶が消える前にここにできるだけ残しておきたいと思っているのですが、すでに今回の手術こと、術後の入院中のこと、退院時のこと、退院後のこと、そして再入院のこと、などなど記憶がどんどん消えてしまってます。Orz


出産経験はありませんが、出産を経験された方々がよくおっしゃるように、

「一人目の子のときはよく覚えているけど、二人目からのことはよく覚えてないわぁ」


とよく似てるような気がするのですが、10年前の手術のことはよく記憶に残っているのですが、今回の2回目の手術のことは1回目と重なってしまってほとんど記憶に残っていないのです。

時間が経てばどんどん今ある記憶も消えていくと思うので、消えてしまう前に少しでも記録としてここに残していきたいなと思っています。


手術当日は前回同様かなり早くに起床。

ただ今回は前夜に執刀医から電話があり、

「明日、5時までに来院するように言われたと思うけど、7時までに入ってくれたらいいからね」

と言われたので、前回より少し時間に余裕ができました。

4時に起床

5時過ぎに家を出発。

前夜から来てくれた友達Mちゃんの運転でお友達Sちゃんの家に立ち寄り、アーニーをドロップ。(入院中はお友達Sちゃん宅にアーニーのお世話をお願いすることができました)

アーニーにしばらく会えない寂しさを感じる間などなく、急いで病院へ。

病院に到着してからチェックイン。

手術開始時間が10時50分となっていました。


待合室で友達と待ち、名前を呼ばれて中に入り....


もうここから記憶がありません。T_T


前回の手術のときは手術室に向かう時に友達Mちゃんとハグをした記憶などが残っているのですが....

今回は手術室へ迎う前の待機室での記憶さえも残っていないのです。(服を脱いでガウンに着替えたことはなんとなく覚えているような。)

もちろん手術室も覚えていません。Orz


目が覚めたのは翌日。

目が覚めたとき、今回はひどく喉が渇いていた、ということはなかったのですが、前回と全く同じ部屋?と思うほどICUの部屋が似ていました。

とにかく全身浮腫んでいて、看護師さんに「目を開けて!」と言われても目を開けることができないほど顔も浮腫んでいて、目を開けれない代わりにに口を開けていたことを覚えています。(ふざけてたんじゃないからねっ!笑)

傍にはMちゃんが付いていてくれて、最初の食事としてゼリーやジュース、といったのど越しのいいものを少しずつ食べさせてくれてとても美味しかったのを覚えています。

全身は大量の管に繋がれていて、私のベッドの周りはいろんな装置だらけ。

24/7でモニターしないといけないものがたくさんあったのでしょう。


自分のベッドから向かって右側にソファがあり、友達Mちゃんが寝泊まりしながら介護してくれてました。


この「ICU OF THE ICU(ICUの中でもトップのICU」に居たときに、若い男性の看護師さんマリオさんがたくさんお話してくれていたことも記憶に残っています。笑

(どんな話をしていたのかは覚えていませんが。)

前回の手術ではこのICU OF THE ICU に20時間ほどしかおらず、すぐに通常のICUに移動となったのですが、今回はここに数日いたような気がします。気がしただけかな?!


手術に付き添ってくれたお友達Mちゃんの話によると

手術は12時頃に始まっただろうと思われ、終わったのは夜の8時頃だったらしい。(所要時間約8時間)

執刀医が術後に彼女に説明してくれたのは、


10年前と同じサイズの弁(今回は牛弁)を用意して取り付けたものの大きすぎて取り外さないといけないことに。そして小さい弁を再び取り付けるのに更に40分かかったとのことでした。


執刀医がMちゃんに見せてくれた今回取り外した豚の弁。10年間がんばってくれてありがとう!


無事弁置換手術が終わったのですが、血液が止まらなかったため胸を閉じることができず、その夜はそのままの状態でいったん中止となり、翌朝7時から手術再開。胸を閉じることができたそうです。

その胸を閉じたその日に「歩いてください」と言われて歩かされたような記憶が残っているのですが、いくらなんでもそんな「拷問」みたいなこと、ある???笑


そして通常のICUに移動となり、モニターしないといけない装置が少し減りました。


つづく



2025年8月26日火曜日

利尿剤を卒業

こんにちは。

更新がまったく追いついていなくて、ご心配をおかけしているみなさんはきっとやきもきされていることと思います。

近況報告が遅くなり申し訳ありません。Orz


先週の月曜日はペースメーカーの専門医による診察。

火曜日は地元での新しい心臓のドクターによる診察。


どちらのドクターもいい感じで丁寧に診察してくださいました。

ただ、火曜日の心臓のドクターはペースメーカーのドクターと連携できないところのドクターということもあって、ペースメーカーのドクターから同じところの心臓のドクターにしてもらった方が連携とりやすい、とのことで来月にはまた新しい心臓のドクターに会ってこれからのチェックアップはそのドクターにお任せすることになりそうです。

15年近く主治医として、心臓のドクターとして診てもらっていたドクターCは、残念ながら私の新しい健康保険を取り扱っていないとのことで今後診てもらうことができなくなってしまいました。(メディケイドはちょっとややこしくて、メディケイドを取得した後に健康保険会社を選ぶことができ、今まで診てもらってた健康保険会社を選んだので、ひょっとしたら9月以降再びドクターCに診てもらうことができるかもしれませんが。)

火曜日の診察では特にこれ、といった内容もなく、ただ私が質問したいことを質問し、答えていただいただけの診察となりました。

手術も無事終わり、脚の浮腫みもなくなったので、一年半飲み続けていた「レイシックス」という利尿剤はもう毎日服用しなくていいとのこと。脚が浮腫んできたら服用する、という程度でいいことになりました。

これは大きな進歩です。

利尿剤の服用により心臓への負担を減らし、身体、特に脚の浮腫みを軽減して体外に余分な水分を尿として排出する、という役目があるのですが、その分腎臓への負担も大きいのです。

毎日20ミリ飲み続けていたのですが、今回の術後に水分だけで12キロも増えたので、とにかく入院中は大量の利尿剤投与でみるみるうちに体重は元に戻っていきました。

腎臓が心配です。

その利尿剤を卒業できたのですから大きな進歩というわけです。^^

まだまだ毎日の服用薬は大量にありますが、今のところこれだけのお薬を服用しています。


エリクイス ELIQUIS (血液抗擬固剤)

アスピリン

パントプラゾール PANTOPRAZOLE (胃炎を抑えるもの)

オキシコドン OXYCODONE (強力痛み止め。胸の傷や胸部の痛みのために服用)

ガバペンティン GABAPENTINE (神経痛の痛み止め。肺痛のために服用)

タイレノール TYLENOLE (痛み止め。頭痛のために服用)

スピロノアクトン SPIRONOLACTONE (利尿剤のようなもの)

プレドニゾン PREDNIZONE (ステロイド剤)

イムラン IMURAN  (免疫抑制剤)

レボシロキシン LEVOTHYROXINE (ホルモン剤)

ベンリスタ (膠原病のお薬。皮下注射)ー 保留

アクトネル (骨粗しょう症のお薬)ー 保留


あと、サプリメントとして

鉄分

ビタミンC

カルシウム

を摂取しています。

術後ずっとカリウム、カルシウム、鉄分が不足していて、カリウムはなんとか基準値内に戻ったのですが、カルシウムと鉄分がかなり少なく、サプリで毎日補っています。






2025年8月18日月曜日

順調な回復

報告が遅れました。

先週の火曜日に退院してからは、順調に回復しています。

私は54歳と言う年齢の割には驚くほどスピードリカバリーで、日曜日の昨日は友達と妹と3人でショッピングモールへ出かけました。車椅子が必要かな?と少し心配していましたが、、、

なんてことない!

休憩なしで2時間歩くことができました。
明日から始まるセラピー(リハビリ)、本当に必要あるのかな?笑

今朝は、ペースメーカーの専門医と初めてお会いしてきました。傷のほうもきれいに塞がり、ペースメーカーのデータをチェックしていただいたところ、手術後直後は少しペースメーカーが作動していたようですが、それ以降は自分の心臓がきちんと働いてくれているとの事。
嬉しいニュースです。




かといって、ペースメーカーを取り外すことはできないようですが、半年に1度は診察を受け、ペースメーカーのデータをチェックしていただけるようです。

明日は心臓のドクターと初診察。
退院してからの状態をチェックしていただきます。

もっとゆっくりしたいところですが、結構忙しいくしています。

妹ちゃんは水曜日に帰国しますが、アーニーの世話をしてくれる方々も近所にたくさんいて、ご近所さんや友達が家へ来てはアーニーの散歩に行って下さっています。本当に助かります。

いざと言う時、たくさんの方々がヘルプの手を差し伸べてくださり、本当に感謝です。

ブログを読んでくださっている皆様方にも、たくさんご心配をおかけし、遠くから応援してくださっていること、心から御礼申し上げます。


2025年8月13日水曜日

坑凝固剤の開始

火曜日の昨日無事退院できました。

たくさんの利尿剤で、ようやく体内に溜まっていた水分が全部抜けました。

ゾウ脚もまた元通りに。





手術をしてくれたジョンホプキンスのドクターと2つ目の入院先のドクターとの意見が分かれ、どうなるかと思いましたが、希望通り手術医の意見を尊重してくださり、血管にフィルターを入れてできてしまった血栓が肺や脳に飛ばないようにすると言う予定は、手術台の上でスタンバイしてる状態で直前キャンセルとなりました。
その代わりに、Elquisという血液の坑凝固剤を数ヶ月服用することで、できてしまった血栓を砕いて、今後もできないようにする、と言う方針になりました。

母が生前服用していた坑凝固剤はワーファリンが主流で、この薬は服用すると、ビタミンKが入っている食物は禁止。

納豆やグレープフルーツ、緑黄野菜のほとんどに入っているので、食べれる食材が限られていました。
あの時代にElquisがあったなら、母は脳梗塞になることなく今も存在していたかもしれません。

Elquisは薬の服用量調整は不要なので定期的な血液検査は不要。食べたいものを食べることができる、といった大きなメリットがあり、今の時代に生まれて感謝です。

今回も人工弁ではなく、生体弁を入れたのでこのお薬も数ヶ月のみの服用で、数ヶ月すれば服用しなくていいらしいのです。

とりあえず数ヶ月後に、できてしまった血栓が消えているかどうかまた超音波検査が必要です。

どうぞ消えていますように。

病院食はしばらく見たくないかな。苦笑



これからまた午後からの診察に行ってきます!

2025年8月10日日曜日

再入院

たくさんの方にご心配いただいているのに報告が遅くなってすみません。

携帯持っているのも結構疲れるし、字を読むのも疲れるので、なかなか更新できませんでした。

結局あの後、排尿ができないと苦しみ、仕方ないので尿道にカテーテルを入れるとなっても入れることができる人が限られていて、退院して泌尿器科で診てもらうまではカテーテルを入れたまま退院しましょうと言うことになり、火曜日に退院しました。(拷問?)

友達に迎えに来てもらい、自宅まで送ってもらい、無事帰宅し、久しぶりの我が家で、大きく一息ついたのもつかの間。

すぐに両脚がむくみ出し、はち切れんばかりに浮腫んで痛みを感じ始めたので、入院先の病院に報告したところ、今日中に足の超音波検査を受けてくださいとの事。



片っ端から電話をしたものの、その日の予約は難しく、仕方なしに救急へ駆け込みました

すると右脚の静脈カテーテルが入っていたところの足の付け根あたりに、血栓がいくつかできていることが分かりました。

もちろん即入院です。


もしERに来なかったら、、、

その血栓が血流に乗って、肺や脳に飛び肺血栓や脳梗塞を起こしていたかもしれません。

何とか命拾いしました。


そこからは歩くこと、一切禁止。

脚の超音波検査はもちろん、胸部レントゲンや血液検査、腹部の超音波検査、などなど、たくさんの検査を繰り返し、月曜日の朝、手術医とここのドクターと話し合って、この血栓をどうするのか決まるそうです。


術後に12キロ増えた体重(全部水分)もようやく元に戻り、肺に溜まっていた水分も減り、ゾウ🐘脚もやっと元に戻ってきました。




輸血もしました。




不整脈がなければ明日退院できるかな?!

早くお家に帰りたいです。涙🥲


現状報告でした。




2025年8月2日土曜日

手術終了

報告が遅くなりました。

7月25日金曜日、朝少し遅れて9:50に手術室に移動し、準備にあれこれ時間がかかり、正午ぐらいから始まったそうです。


弁置換の手術は、、、

実際牛の便を入れてみると、私の心臓には大きかったようで、調整が必要となり、三しょう弁のほうはまだ何も触らなくて良い状態だったとのことで僧帽弁だけとなりました。




弁を取り替えた後、血液が止まらず、その日のうちに閉胸することができなかったようで、翌朝閉胸しました。

残念ながら心拍数はどんどん低下。

意識を2回失い、様子を見ましたが、いつまた心臓が停止するかわからないため、ペースメーカーを入れることになりました。

金曜日の午後、無事ペースメーカーが入りました。



ただ今回も排尿できなくなり、排尿できるようになれば、来週頭には退院できるとのことです。未定


取り急ぎ報告だけでもと思って更新しました


ご心配おかけしてすみません

がんばります。


2025年7月22日火曜日

失業してからの方が忙しい~ ><

 お疲れさまです。

毎日朝から晩までバタバタです。


ちょっと座って休憩でも、なんて時間がありません。

失業してからの方が働いてます。


働いてた時は、週末だから、とできるだけ身体を休める時間を優先してました。

が、今は平日も週末も関係ないうえ、手術前で動けなくなる前にできることをすべて片づけ、お友達と妹に泊まっていただくために、家の中を大掃除。この3年間はひたすら仕事に追われる毎日で、家のことも自分ケアも後回しにしてたので、そのツケがどっさり。

片づけても片づけても終わらない。

掃除もまだ終わってない。


失業してから毎日片づけて、なんとかゲストルームは使えるにまで片付きました。

不要なものをまとめてリビングルームもなんとか物が減りました。

今日は台所と冷蔵庫の中を掃除しました。

午後からはゲスト用バスルームも掃除してしまおう、と思ってたのですが、、、そこまでいけなかった。T_T

明日の夜、がんばります。


この先2か月は散歩も遊んであげることもできないので。
今日は天気もよく、久しぶりにフリスビーして遊んできました


今週は

月曜日:朝一番でアーニーのワクチン接種と中耳炎のため診察と治療($600=8万円)

火曜日:ひたすら洗濯と片づけ。特に台所

水曜日:8:30からプリオペ。朝からジョンズホプキンス病院へ。手術に関する質問、指示、準備など。

木曜日:朝は先週月曜日の乳がん検査の結果で今年もひっかかったため、8:15から再検査と超音波検査 。午後1時からはジョンズホプキンス病院のレントゲンかにて手術前最後の心エコーの検査。

その帰りに、アメリカ膠原病の会へ不要になったものをドネーションに。

金曜日:手術。おそらく午前中になるだろうとのこと。


明日のプリオペで詳しいことがわかるので、手術の時間など決まったらまたここで報告させていただきますね。

今朝日本にいる父に手術のことを報告すると、ショックだったのか声のトーンが落ちてしまいました。ごめんね、ずっと心配ばかりかけ続けて。T_T でもがんばるから!!


今日も病院でがんばってくれました!
お利口アーニー♡


っていうか、めちゃくちゃ忙しい~!!!

木曜日の夜までにすべて終わらせられるかな???

できるところまでがんばります。^^;

2025年7月19日土曜日

手術日 - 決まりました

 暑い日が続いていますが、みなさん週末いかがお過ごしですか?

アメリカも暑いけど、日本はもっと暑いって言うし、スペインなんて6月の時点で摂氏48度とか言ってたし、これから先が恐ろしいです。💦

アメリカはそれでも地球温暖化に対する対策には協力しないと言っているので、アメリカはこれからもどんどん温暖化が進むことでしょう。マジ、ヤバいよね。

世界で少子化が進む中、温暖化も同時に進んじゃうと今以上に生きづらくなってさらに少子化が進むのでは?と心配になります。

気温が高くても耐えれるけど、湿度が高いのは耐えられない。Orz

アーニーもしかり。

朝の気温の低いときにお散歩しても湿度が半端ないので不快感絶頂。


というのにですよ、今日は起床から始まり、朝の散歩から夜まで私たち、NON-STOPABLE!!

朝起床→朝んぽ→朝ごはん→お友達一家にお借りしてたものを返品に→昼ごはん→違うお友達の家へ行き、その家族の犬とアーニーを対面させる→夕食→書類の整理→寝る前の散歩→就寝


とこんな感じで今日一日は家で休む間もなく、アーニーは昼寝をする間もなく、二人であっち行ったりこっち行ったり、とずっと車移動+動いていました。


なんで?


そう。

昨夜(金曜日の夜遅く)にジョンズホプキンス病院の心臓外科医からテキストメッセージで

「手術は来週の金曜日にできそうです。週末が明けたら詳しく話をしましょう」

と連絡が来たのです!


木曜日の夕方、カイザーの保険会社からジョンズホプキンス病院(JHH)での心臓手術の許可が降りてすぐに

「健康保険が近々無効になるので、できるだけ早く手術日を入れてください!」

とJHHの外科医にテキストでお願いしたところ、

「早急にってどれくらい早急で?」

と返事が来たので、

「できれば来週の終わりか再来週の最初あたりでお願いします。」

と答えたら、なんとか私の手術を(無理して)予定の中にねじり入れてくださったのです!

ありがたい・・・・T_T


ということで、昨年からずっと引きずっていた人生2度目の心臓手術が7月25日(金曜日)に決定しました。

正式な書類をまだいただいていませんが、ほぼ決定だと思います。


手術1週間前から服用中止しないといけないお薬があったりするので、膠原病と主治医にお薬の確認メールを送っておきました。

親身になって時間を割いて詳しく説明してくださったカイザーの心臓のドクターと外科医にも決意の報告メールでお知らせしました。


ステロイドなどの膠原病のお薬は免疫力を下げるためのお薬なので、手術時に感染症を起こしやすくなるため服用を中止する、或いは減量する、とか、

血液をさらさらにするアスピリンは手術中に出血が止まらなくなると大変だから1週間前から服用中止する、とかそういった事前の対応が必要となってくるわけです。

手術日が決まる前からたくさんのお友達や家族がサポートのオファーを申し出てくれていて、手術当日、入院中、退院後の療養期間中はどうするのか?といったおおまかな予定はたてることができました。


入院5日間もの間、アーニーはどうするの?

一番気がかりだったアーニーの心配もなんとか友達のお家で預かってもらることになりそうです。

子犬時に2度他犬に襲われてから他の犬への恐怖心がトラウマとなり、アーニーは特定の犬に対して非常に自己防衛が働き、痛い思いをした経験から自分を守るためにアグレッシブになるのです。いつも散歩しながら周りに犬はいないか?と神経をピリピリさせながら毎日外を歩いているわけなのです。

そういうこともあって、犬を飼っているそのお友達の家の犬ちゃんとアーニーちゃんが5日間もの間、同じ家の中でやっていけるのかどうか犬たちの相性を確認しよう!と今日午後から2匹を対面させに行ってきたのです。


結果は・・・・

お友達の旦那様のプロフェッショナルなトレーニングのおかげで、2匹とも特に激しい反応はなく、少しずつ慣れさせ、穏やかに一緒に歩いてくれました!ホッ


相手に襲い掛かったり、唸り声を出したりすることなく
上手に仲良く一緒にお散歩できるようにしてくださいました!感謝感謝♡


あとは家の片づけと掃除、PRE-OPEと言われる手術数日前の質疑応答(服用お薬の確認やアレルギー、身体の自己消毒の仕方、当日どこで受付をすればいいのか、などといった詳細事項)、そして前日の準備だけ。「だけ」って。まだまだいっぱいすることあるやんっ!苦笑


さ、明日から1週間、気合いれて片づけ&掃除するぞ!!


月曜日の電話面接で「金曜日、手術するんです。2-3か月は仕事できません」

と正直に言わなきゃいけないよね。面接で落とされるかも、だけど。苦笑



2025年7月18日金曜日

許可がおりました!

 HAPPY FRIDAY!!

こんにちは。やっと金曜日ですね。今週もお疲れさまでした。^^


一昨日、カイザーに電話して「保険がいつ無効になるかわからないので、手術が近々に必要なため急いでアピールに目を通してください!」とメッセージを残しました。

すると昨日の午後、やっと手紙が届き(と言ってもオンライン上だけど)、ジョンズホプキンス病院での心臓の手術がついに許可されました!

これで手術日を予約できる!ということで、早速ジョンズホプキンス病院の心臓外科医に連絡を入れ、来週の終わりか再来週の頭くらいに予約を入れてください、とお願いしました。

今連絡待ちです。

色々と説明してくれたカイザーのドクター達には申し訳ないけれど、やっぱり前回していただいたドクター&病院でしていただく方が安心できるのです。


カイザーでの手術に比べると・・・

  • 家と病院間の距離が遠い(片道1時間)
  • 付き添ってくれる友達の病院通いが困難(ホテル予約要)
  • 医療費は$100増し
と比較するとネガティブ要素はあるのですが、それでも夜10になってからでも、週末でもきちんと返事を返してくださるこのDr. Cにお願いしようと思うのですよ。


それに、今回もお願いすることになるジョンズホプキンス病院の心臓外科医のチーフDr.Cは今年1月にリタイア予定だった高齢ドクター(年齢は知りません)。前回から10歳も歳をとられているのに、本当に大丈夫???という心配と不安はありましたが、もう何百回、何千回と弁置換手術をこなしてこられたドクターだから・・・きっと大丈夫でしょう、と信頼し、安心してお願いすることにしたのです。


来週できるかどうかはまだわかりませんが、健康保険はまだあと2週間は大丈夫そうです。なんでわかんの?って?

それはね、今日の給料日にいつもと同じ「健康保険料」を差し引いた額が入金されていたからです。^^

手術のみジョンズホプキンス病院で。

その後のケアとリハビリはカイザーで、という条件付きのようです。


ラッキーであれば、最後の給料日である8月1日にもし健康保険料を差し引かれていたら、8月15日まで保険が使えることになります。(たぶん)

だとすればあとはなんとかなるでしょう。^^


ということでドクター、或いはドクターのアシスタントさんが今手術日を調整してくださっているので連絡がきて決定したらまた改めて報告しますね。

昨年の10月に手術が必要だ、と言われてからなかなか決まりそうで決まらなかった手術日にやっと目処がつきました!

あ~、今回は転職と解雇が重なり、スムーズに話が進まず、ここまでの道のりが長かったなぁ。

でもやっと見えてきたぞ!!


散歩中にお庭の手入れをしていたおじさんに庭に咲いてた向日葵をいただきました!
「夏」!!!って感じで元気いっぱいです。^^


というこのタイミングで、やっと面接の話も一つ決まりました!笑

月曜日の午後4時から電話面接です。がんばります!^^


2025年7月15日火曜日

カイザーの外科医に会って。

みなさんこんにちは。

えのふむさん、無職になってからまめにブログを更新できてますねぇ。👏


朝んぽで。さるすべりの花が見事に満開で朝陽が隙間から覗いていました。

昨日の午後、カイザーの心臓外科医Dr.Gに会って話をしてきました。

電話ですでに2回も説明を受けているので、改めて説明してもらうことなどなかったので行く必要はなかったのですが、ドクターが「一度対面できちんと説明を。」というので行ってきました。

内容はやっぱり電話で受けた説明と同じ。

50ドルも払って車運転してここまできてんだから、来た甲斐があったものだ!と思えるようにしないといけない衝動にかられてしまい、思いついた質問をどんどん投げかけました。


今回の説明というのは、

カテーテルによる弁置換のメリットとデメリット

開胸手術によるメリットとデメリット


を実際の弁を使って詳しく説明していただいたのです。


診察室でドクター待ち。

簡単にまとめると、

ただカテーテル弁置換の場合、すでに入っている豚の弁を取り除いて新しい牛の弁を入れる、というのではなく、新しい牛の弁を取り付けた後、古い豚の弁は心臓の中に残るそうです。そのため、その古い豚の弁が血流を邪魔したり、血栓を作る原因になったり、心臓そのものを痛めてしまうリスクが5-10%あるとのこと。これは10人に1人の確率で起こり得るので結構ハイリスクであるということ。

その点、開胸手術であれば古い弁は排除できるため、そのようなリスクは低くなり1-2%(100人に1人程度)、結果も予後もよい、とのことでした。

ただ、カテーテルも手術も脳梗塞が起こるリスクは同じ。


ドクターに、

「もし私が貴方の家族だったらどちらを勧めますか?」

と尋ねたところ、

「僕の家族だったら、もちろん開胸手術だね。他の病気があったり、高齢であったりして開胸手術ができないのならカテーテル弁置換しか選択肢はないけれど、まだ若くて他の病気も問題ないのなら、開胸手術が確実だからね。」

と言っていました。


入院期間については、

ジョンズホプキンス病院で開胸手術をした場合:ICUに一泊。病棟で4泊。回復におそよ2か月要。

カイザーで開胸手術した場合:ICUにて2泊、病棟にて5泊。回復に2か月要。

カイザーでカテーテルした場合:病棟で一泊。二日目は自宅療養。三日目には仕事復帰可能。


カイザーもジョンズホプキンス病院も、リクエストすれば翌週には手術することが可能とのこと。

健康保険がいつ無効になるかわからないので、早く決断して早く手術日を入れないといけないのだけれど・・・・

カイザーからまだ許可が下りてない~~~!!

カイザーからの返答がもうあとどれくらいかかるのか予測つかないので、確実なカイザーでやってしまうか??? そうすれば来週には手術できちゃうぞ。